ボロスとピヨのてんわやな日常
 カモたちは次々と飛び立つと旋回し、それぞれの持ち場を決めたかのように四方八方へ飛んでいく。しばらく俺たちは、カルガモたちが描く空の模様に見惚れ続けた。
 しかし、すぐに自分たちの目的を思い出して、俺は親父に目配せをする。
「親父、道案内頼む。まずは赤い看板のスーパーに行ってくれ」
「うむ、了解した」
 ピヨは俺の背中に乗ると、しっかりと爪をたて、くちばしで毛をくわえる。ピヨはピヨなりに、前のように振り落とされないよう必死のようだ。
 親父はひと周り低空飛行をすると、そのまま俺たちが走るスピードと同等の速さで疾走した。いや、飛んでいるのは疾走とは言わないと思うけど。もはや、親父の能力は反則技としかいいようがない。
 親父を追って、俺と千代丸は全力疾走する。もし、俺たちを人間が見たら、俺と千代丸が喧嘩をして追いかけ合っていると思うかもしれない。
 庭に入り、飼われている犬に吠えられるが、スピードを落とさずに駆ける。帰宅時間なのだろうか。途中で冗談を言って笑い合う高校生ともすれ違った。
 そういえば、愛奈ともしばらく会ってなかったな。高校生を見て、久しぶりに愛奈のタマゴ焼きを食べたくなった俺である。
 そんなことを考えながら駆けているうちに、三分後には赤い看板のスーパーに到着した。確かに隣にはオレンジ色の看板の床屋もある。カットシザーズの文字も確認した。黒犬の思念で見た店に間違いない。
「ボロス殿が見たもので間違いないみたいですね」
 千代丸が隠しもせずに言う。こいつ、俺の心を読むことに悪気を感じてないだろ。いつか、仕置きをしないと。と、思ったら、千代丸の顔色が悪くなった。
 そういうことは、読んでくれたほうがありがたい。言う手間もはぶけるし。
「さて、着いたはいいけどどうするか。知っている奴が近くにいると聞きやすいんだけどな。それか、黒犬の飼い主がきてくれると……」
 誰かいないか周りを見ると、俺の目に有り得ない奴の姿が飛びこんできた。ここは俺がいた街と隣町の境に近い。それなので、隣町のボスであるクロに会うのが嫌で、俺の仲間は近づかないのだ。それなのに、それなのにだ。魚屋の親父から餌をもらう技を伝授してくれた親友のカギがいた。
「カギ! ここでなにしてるんだ?」
 俺が声をかけると、カギの肩が縦に動く。どうやら、声をかけられたことに、かなり驚いたらしい。
「ボロス! お前こそ、なんでここにいるんだよ。クロに見つかっても、知らないぞ」
「いや、俺は人捜しで……丁度いいや。カギ、ここで白い杖をついた四十代くらいの人間の男を見たことあるか?」
「人間を捜しているのか。お前が、人間のために必死になるなんて珍しいな。しばらく見ない間に、顔つきも変わった気がするし」
「まあ、いろいろあったからなあ……それよりも、カギ、今の質問に答えてくれ」
 カギはしばらく考えるような素振りを見せてから、首を横に振った。
「見たことないなあ。けど、見つけたら報告するよ。力になれなくてすまなかったな。それじゃあ、俺は用事があるからこれで」
 何故、カギがここにいるのかは聞けなかった。ただ、用事があるといったのだから、ただ隣町に遊びにきているという訳ではないのだろう。
 カギの背中を見送りながら、耳に羽音が入ってきたのに気づく。気づいた時には、目の前にカルガモが降り立っていた。
「グワッググッグワッワグワッ」
「病院の近くで、捜している男性らしき人を見つけたそうだ」
「よし、でかした! お礼に、後でピヨと一緒に魚をたくさん釣ってやるからな。いくぞ!」
 今度はカルガモを先導に、俺たちは黒犬の飼い主のところに向かう。俺の仲間に、いい加減な気持ちで問題に取り組もうとしている奴はいない。皆、真剣そのものだ。
 上空ではカルガモたちが連絡を取り合っているのか、旋回し続けている。
 その旋回の輪が徐々に小さくなっていったところで、俺は向かう先に杖をつく男性の姿を確認していた。ここからでは顔はよく見えないが、背格好でわかる。間違いない。黒犬の飼い主だ。事故の後遺症だろうか。すこし足を引き摺っている姿が痛々しい。
 しかし、見つけたとはいえ問題は、どうやって黒犬のところに行かせるかだ。
「そう、そこで吾輩の出番ですよ。ボロス殿」
 悩んでいると、千代丸が得意気に咳ばらいをしながら進み出る。
 そういえば、「必ずや拙者が、黒犬のところに誘導してみましょうぞ」と言っていたな。自信満々に言うのだから、頼っても間違いないはずだ。
「よし、じゃあ頼むぞ。千代丸」
「お任せあれ。忍法、変化の術!」
 俺の頼みを待っていましたとばかりに千代丸は尾を立てる。そして、二本足で立ちあがると、両掌を合わせて呪文のようなものを唱え、次の瞬間には黒いラブラドールレトリバーに姿を変えていた。
「ボロス殿の思考を読ませていただいたので、コピーは完璧のはずです……あっ!」
 最後まで言って、千代丸は失言したと気づいたらしい。こいつ、ホントに隠し事ができない奴だな。自分で俺の思考を読んでいたと白状しちゃうし。
「黒犬の声真似も完璧……のはずです」
 徐々に声を小さくして説明する千代丸が、何だか気の毒になってきた。ここは、背中より、尻を叩いてやるか。
「いいから、取り敢えずいってこい。猫忍者のお手並み拝見だ」
「はい、ボロス殿の期待に応えられるよう、頑張ります!」
 俺の指示に千代丸は真剣な表情に変わると、黒犬の飼い主のほうへ歩いていった。
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