ボロスとピヨのてんわやな日常
×月▼日(晴れ)午前七時三十分

 心地よい日差しと、通学する子供たちの駆け足が、一日の始まりを告げる。
 平穏な朝が、ここまで幸せであると思ったことはない。真剣に、あの現実離れした騒動を捉えられていたら、俺たちはここにいないはずだからだ。
 石を一撃で粉砕するチートなヒヨコ。ありとあらゆる忍術を使える猫。石を音速で弾き飛ばす俺。そんな、あり得ないことが続いたため、夢だと思われたこと。
 そして、ゲンさんの冷静な対応のお蔭で、騒然とした場を収めることができたのだった。
「大輝、気をつけて行ってこいよー」
 ゲンさんが声をかけると、大輝少年はお辞儀をしただけで立ち去る。近くに仲間がいる手前、すぐにホームレスたちと仲良くするということはできないようで。
「……ったく、あれだけ騒いで世話になったくせに、あいさつも返してこないとはな」
「そう言うなよミズさん。俺たちの前では本音を話してくれたが、周りにはそうもいかないんだろうさ。それも、大輝が築いてきた強さなんだろうしな。それに、気持ちの整理がついたら、あいさつぐらいはしてくれるようになるはずさ」
 どうやら、ミズさんよりゲンさんのほうが大輝少年との相性はいいようだ。
 騒動の後、ゲンさんは大輝少年に話を聞きながら、家まで送ったらしい。迷惑をかけたこと。悩みや家族関係。そんな話を聞いてから、ゲンさんは大輝の母親と話したそうなのだ。そのためだろうか。昨晩、大輝少年からしていた嫌な感情の臭いは、今日は穏やかな香りに変化していた。
「亡くなった大輝の母ちゃんのことは、俺と大輝と、お前さんたちだけの秘密だな」
 そう言って、ゲンさんが俺たちの頭を撫でる。これに千代丸が「にゃーご」と答えた。
 それと余談だが、今朝、試しに木に猫パンチをしてみたら、木は倒れなかった。どうやら昨晩で、俺のチート能力は切れたらしい。薬を飲んでからずっと、胸がもやもやしていた感覚があったから、ハクジャの薬の効果に間違いないだろう。
 そう考えると、親父が三帝王のひとりだったというのも合点がいく。ハクジャは親父を愛称で呼ぶ仲だ。今は一方的にハクジャが好意を持っているだけみたいだけど。
 薬の影響でのチート能力。この恩恵を、過去に親父が受けていたとしたら? ハクジャが変態のお蔭で交友関係が狭いということを、何故かありがたいと思ってしまう俺だった。
「さあ、お勤めにいくぞ。トモ。いつもの役目を頼むぞ」
 ゲンさんが、昨日のように千代丸を誘う。千代丸は俺をチラリと見てから、ゲンさんの自転車に乗った。
「もう何も起こらなそうだな……千代丸、俺はいつもの生活に戻るよ。一人前の忍びになる修業、頑張れよ。それと、俺に用があった時には、いつもの場所にいるからな」
「はい、ボロス殿もお元気で。美味しいものを手に入れたら、必ず一番でボロス殿のところに持って行きますからね」
「ピヨピピピヨッピー」
「ピヨ殿もお元気で。ボロス殿に食べられないようにしてくださいね。あっ、けどボロス殿はピヨ殿を食べる気は――」
「はやく出掛けろ!」
 これ以上、千代丸に話させているといらんことを言いそうなので、激しい突っ込みをしとく。千代丸は失言しかけた口を抑えつつも、悪戯っぽい笑みを浮かべた。この知能犯め。
「じゃあ、俺たちも行くか」
 いつものようにピヨが背中に乗ったのを確認してから歩きだす。とはいえ、今回は行き先を考えていない。
「そういえば、街に戻ってから虎ノ介のところに行ってなかったな。あいつと話すのは面倒臭いけど、貴重な餌場のひとつでもあるし、行ってみるか」
 それにここは隣町、クロの縄張りでもある。俺の顔を見たら必ず喧嘩をうってくる奴らとの遭遇はできるだけ避けたい。そんなわけで、すぐに退散することにする。
 駆け足で階段をあがり、橋に向かう。その時だ。進行方向に見たことがある後ろ姿が見えた。一人は大輝少年、そしてもう一人は――。
「愛奈ちゃん! そういえば、どこに住んでいるかは知らなかったんだよな。こっちに住んでいたのか」
 よく見ると、愛奈ちゃんが大輝少年をからかっている。えっ、あの二人って、そういう関係だったの?
 登校時刻なので、愛奈ちゃんが行くのは高校に間違いないだろう。せっかく、会えたことだし、大輝少年と愛奈ちゃんの関係も気になるのでついていくことにする。
「あっ、チョビとヒヨコさん。こんなところまで遊びにきてるんだ。おはよう」
 雉猫はたくさんいるので、背中に乗っているピヨが目印になったのだろう。愛奈ちゃんに声をかけられたので「にゃおん」と答えた。
 大輝少年はというと、俺たちを見て何とも表現できない喜怒哀楽が混在したような複雑な表情をする。やっぱり、昨晩のことが尾を引いているな。
「愛奈、この猫とヒヨコのこと知ってんの? こいつら、変なんだけど」
 大輝少年が俺たちを指差しながら失礼なことを言う。すると、愛奈ちゃんが大輝の背中を思いっきり叩いた。
「チョビとヒヨコさんは私の大切な友達よ。変って言ったら、思いっきり叩く!」
 頭の上でラジオ体操をするヒヨコを見ていて、変じゃないと言うのであれば、愛奈ちゃんはかなりの天然だと思うが、ここは鳴かないことにする。
「忠告する前に叩いてるじゃんよ。愛奈の男女の馬鹿力!」
「そんなことより、昨日の夜、何をしたの? ちゃんとお父さんやお母さんに、遅くまで出掛けていたことを謝った?」
 そこまで聞いて、愛奈ちゃんと大輝少年の関係を理解した。どうやら、二人はお隣さん同士のようだ。愛奈ちゃんにとって大輝少年は、手間がかかる後輩なのだろう。
「謝ったよ。もう、夜遅くに出ないって約束もお母さんとした!」
 大輝少年は凛とした態度で答えた。また何かあったらと心配だったが、これならもう大丈夫だろう。その時だった。
「広瀬、おはよう。昨日はありがとうな。いつかお礼するよ」
 突然、後ろから自転車できた男子生徒が声をかけてきた。
「お礼なんて! 私も前にお世話になったからいいよ……」
 愛奈ちゃんの苗字って広瀬だったのか。と驚くと同時に、愛奈ちゃんの様子が変だと気づいた。耳が真っ赤になっている。それに男子生徒に視線を向けてはいない。恥ずかしそうに視線を地面に落したままだ。
 ――これって、もしやのもしやなのではないか? と、何となく察する。
 愛奈ちゃんに声をかけた男子生徒は、そのまま自転車で走り去っていった。
「あっ、自転車通学の波木くんに抜かれたってことは……もう、こんな時間じゃない! 走らないと遅刻しちゃう!」
 時計を見た愛奈ちゃんが全速力で駆け出す。
 そして、俺も波木という男子生徒と愛奈ちゃんの関係が気になって、全速力で学校までついていったのだった。
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