ボロスとピヨのてんわやな日常
男は何か細工をしたのだろうか。不思議なことに窓が割れた音はしなかった。
猫の俺でもわかる。こいつはかなり手練の泥棒だ。虎ノ介も非常事態を察知したのだろう。男に向かって勢いよく走っていく。
しかし、男は虎ノ介が飛びかかる寸前で何かを取り出した。虎ノ介は短い尾を振りながらそれを受け取る。その間に、男は靴を脱ぎ、室内へと入っていった。
「おい、あいつは泥棒だろ。なにやってんだ」
「泥棒? 違うよ。いい人だよ。だって、ソフトタイプのジャーキーくれたもん」
既に噛み砕いたソフトジャーキーを飲み込んだ虎ノ介は、のほほんと答える。
「簡単に買収されてんじゃねえ。そして俺には何もくれなかったから、あいつはいい人じゃねえ」
「あっ、そうかー。ボロス冴えてる」
簡単に信じる奴だな。やっぱり俺はこいつが――。というより犬族のことが理解できん。
「けどどうすんの? 僕、飼い主に人を噛んじゃ駄目って言われているし。知らない人にも飛びかかっちゃいけないんだ。服が汚れちゃうからなんだって」
「いいから、何もしないよりはましだ。ついてこい」
「けど、勝手に家の中に入っちゃいけないんだよ」
どうやら犬ってのは、飼い主のいうことが絶対らしい。臨機応変に行動してくれよ。イライラする。
「言い訳めいたことを言ってると、大事なものが盗まれるぞ。はやくこい」
と、言うと何故か虎ノ介は耳と尾を下げて震えはじめた。もしかしてこいつ。
「こわいのか?」
「僕、前に男の人に蹴られたことがあるんだ。痛いのは嫌だし、こわいのも嫌だ」
やはりそうか。思えば虎ノ介は、ピヨがカラスの餌を掘り出した時にもつつかれるからやめたほうがいいと言った。腰が痛いとも言っている。虎ノ介はのんびり屋というだけでなく、臆病でもあるのだ。
その時、ピヨが俺と虎ノ介の間を通り過ぎていった。そして、そのまま迷うことなく家の中に入ってしまう。慌てたのは俺よりも虎ノ介だ。
「駄目だよ、ヒヨコくん。戻ってきて!」
しかし、あのピヨが戻ってくるわけもなく。あいつ、貫徹精神強いみたいだからな。
俺だって餌になる予定のピヨが捕まったとなると大損だ。それなので、怯えている虎ノ介を無視して家の中に入った。
虎ノ介が「二人とも戻ってきてー」と叫んでいるが無視だ。
俺が家の中に入ると、男はオルゴールの中に入っていた貴金属を見つけたところだった。懐に貴金属を入れた男は、獣のような鋭い視線を周囲に巡らせる。その視線の動きがとまったかと思うと、今度はタンスに手をかけた。
――おいおい、手練だと思ってはいたけど予想以上じゃないか。これ、放っておくと家中の金目の物、一円残らず奪い取られるぞ。
俺には泥棒を許さないという正義論的な考えはない。野良猫だからな。生きるためには俺だって必死だからだ。けれど、俺に餌をくれる家に盗みに入るのなら話は別だ。何かあったら餌はもらえなくなる。つまりそれは、俺自身に喧嘩をうったのと同じことなのだ。
と、タンスの上にいるピヨに気づいたのはその時だった。既に攻撃態勢に入っていたピヨのくちばしが、男のつむじに振り下ろされる。クロの時と同じ「サクッ」という軽い音がした途端、男が体をのけ反らせて痛みに喘いだ。
クロを気絶させることができた「サクッ」だが、どうやら人間は気絶のダメージとまではいかないらしい。しかし、このダメージを与えたことは次につながる。
「よし、よくやったピヨ。次は俺に任せろ。くらえ泥棒、激高爪連斬!」
つむじを触りながら座りこんだ男の顔面に、俺は両爪を振り下ろす。ちなみに必殺技名は即興である。威力が何となく強くなると思ったから言っただけだぞ。念のための説明で。
ガリガリッという音とともに、確かな大ダメージを与えた感触がした。
よし、これでピヨがもう一度、「サクッ」か「ドスズプリ」をしてくれたら――。
と、思って振り返ると、俺が見たのは外に出ていくピヨの姿だった。
「ええっ、ちょっと、それで終わり? ピヨさん、こいつを外に出さなきゃいかんでしょ!」
顔に八本の傷の筋をつけた泥棒が俺を睨みつける。慌てて俺は逃げようとするが、どうやら男は金目の物を奪うほうが先と決めたらしい。テーブルの上に置いてあった貯金箱を手に取ると、持ってきていたカバンの中に入れようとした。まさにその時だ。
「それだけは、それだけは、持ってっちゃ嫌だー!」
静かに様子を見ていただけの虎ノ介が、突然声をあげて、男のズボンにかぶりついていた。
猫の俺でもわかる。こいつはかなり手練の泥棒だ。虎ノ介も非常事態を察知したのだろう。男に向かって勢いよく走っていく。
しかし、男は虎ノ介が飛びかかる寸前で何かを取り出した。虎ノ介は短い尾を振りながらそれを受け取る。その間に、男は靴を脱ぎ、室内へと入っていった。
「おい、あいつは泥棒だろ。なにやってんだ」
「泥棒? 違うよ。いい人だよ。だって、ソフトタイプのジャーキーくれたもん」
既に噛み砕いたソフトジャーキーを飲み込んだ虎ノ介は、のほほんと答える。
「簡単に買収されてんじゃねえ。そして俺には何もくれなかったから、あいつはいい人じゃねえ」
「あっ、そうかー。ボロス冴えてる」
簡単に信じる奴だな。やっぱり俺はこいつが――。というより犬族のことが理解できん。
「けどどうすんの? 僕、飼い主に人を噛んじゃ駄目って言われているし。知らない人にも飛びかかっちゃいけないんだ。服が汚れちゃうからなんだって」
「いいから、何もしないよりはましだ。ついてこい」
「けど、勝手に家の中に入っちゃいけないんだよ」
どうやら犬ってのは、飼い主のいうことが絶対らしい。臨機応変に行動してくれよ。イライラする。
「言い訳めいたことを言ってると、大事なものが盗まれるぞ。はやくこい」
と、言うと何故か虎ノ介は耳と尾を下げて震えはじめた。もしかしてこいつ。
「こわいのか?」
「僕、前に男の人に蹴られたことがあるんだ。痛いのは嫌だし、こわいのも嫌だ」
やはりそうか。思えば虎ノ介は、ピヨがカラスの餌を掘り出した時にもつつかれるからやめたほうがいいと言った。腰が痛いとも言っている。虎ノ介はのんびり屋というだけでなく、臆病でもあるのだ。
その時、ピヨが俺と虎ノ介の間を通り過ぎていった。そして、そのまま迷うことなく家の中に入ってしまう。慌てたのは俺よりも虎ノ介だ。
「駄目だよ、ヒヨコくん。戻ってきて!」
しかし、あのピヨが戻ってくるわけもなく。あいつ、貫徹精神強いみたいだからな。
俺だって餌になる予定のピヨが捕まったとなると大損だ。それなので、怯えている虎ノ介を無視して家の中に入った。
虎ノ介が「二人とも戻ってきてー」と叫んでいるが無視だ。
俺が家の中に入ると、男はオルゴールの中に入っていた貴金属を見つけたところだった。懐に貴金属を入れた男は、獣のような鋭い視線を周囲に巡らせる。その視線の動きがとまったかと思うと、今度はタンスに手をかけた。
――おいおい、手練だと思ってはいたけど予想以上じゃないか。これ、放っておくと家中の金目の物、一円残らず奪い取られるぞ。
俺には泥棒を許さないという正義論的な考えはない。野良猫だからな。生きるためには俺だって必死だからだ。けれど、俺に餌をくれる家に盗みに入るのなら話は別だ。何かあったら餌はもらえなくなる。つまりそれは、俺自身に喧嘩をうったのと同じことなのだ。
と、タンスの上にいるピヨに気づいたのはその時だった。既に攻撃態勢に入っていたピヨのくちばしが、男のつむじに振り下ろされる。クロの時と同じ「サクッ」という軽い音がした途端、男が体をのけ反らせて痛みに喘いだ。
クロを気絶させることができた「サクッ」だが、どうやら人間は気絶のダメージとまではいかないらしい。しかし、このダメージを与えたことは次につながる。
「よし、よくやったピヨ。次は俺に任せろ。くらえ泥棒、激高爪連斬!」
つむじを触りながら座りこんだ男の顔面に、俺は両爪を振り下ろす。ちなみに必殺技名は即興である。威力が何となく強くなると思ったから言っただけだぞ。念のための説明で。
ガリガリッという音とともに、確かな大ダメージを与えた感触がした。
よし、これでピヨがもう一度、「サクッ」か「ドスズプリ」をしてくれたら――。
と、思って振り返ると、俺が見たのは外に出ていくピヨの姿だった。
「ええっ、ちょっと、それで終わり? ピヨさん、こいつを外に出さなきゃいかんでしょ!」
顔に八本の傷の筋をつけた泥棒が俺を睨みつける。慌てて俺は逃げようとするが、どうやら男は金目の物を奪うほうが先と決めたらしい。テーブルの上に置いてあった貯金箱を手に取ると、持ってきていたカバンの中に入れようとした。まさにその時だ。
「それだけは、それだけは、持ってっちゃ嫌だー!」
静かに様子を見ていただけの虎ノ介が、突然声をあげて、男のズボンにかぶりついていた。