夕焼けに照らされて
嫌な予感
「・・・る? ひかる?」
ひかるは、自分の名前を呼ぶ友人の声を聞いて、はっと我にかえった。佳之子が、ほんと大丈夫?と心配そうに顔を覗きこむ。
それもそのはず。ひかるは、図書館の本棚にてをかけたまま、ぼうっと突っ立っていたのだった。それもかなり長い時間。
「大丈夫だよ、大丈夫。ちょっとぼーっとしてただけだから。ほら今日は暑いから。」
慌ててそう言うのにあわせて、佳之子の長い黒髪がさらりと揺れる。
「そっか・・・、そうだね。確かに今日は暑い!。そして、ひかるは数学の課題で徹夜明けだものね。付き合ってくれてありがと。おかげでいい本が見つかった。」
佳之子はそういたずらっぽく笑って、ひかるに手を振りながら、図書室を出ていった。
ああ、そっか。昨日は徹夜だったんだっけな。どうりでこんな調子のわけだ。
苦笑しながらも、ひかるは少し不安な気持ちになる。気持ちを切り替え、早く用を済ませてしまおうと、手元にあった本を持ち直してカウンターへと向かった。
すると、教室へと戻ったはずの佳之子が、図書館の入り口からひょいと顔を出した。またいたずらっ子の笑みを浮かべている。
「黒髪の幽霊に気を付けてね。」
さっきと変わらない調子で、佳之子は笑いながら言った。
だがなぜだろうか。そのときひかるはもう笑えなかった。背筋がぞくっとする。徹夜は良くないなあと思いながらも、悪寒が走った理由はなにか別の理由があるような気がしていた。それは、ひかるの直感ではあるが。
黒い幽霊か・・・ああ、嫌な予感がする。
黒髪の幽霊。佳之子の言葉を思い返す度に、背筋に悪寒がはしる。今までこんなことなかった。たかが怪談話に、おびえるなんて。
黒髪の幽霊とは、ここ最近、私のクラスで広まった話だ。
黒髪をした美しい男の幽霊が、放課後になると南校舎をさ迷い歩くという。おぼろげな足取りでふらふらと、自分を殺した女を探し出そうとしているらしい。
私は心の中で、笑った。幽霊なんているわけがないのに。でも、心に引っ掛かる。否定しきれない自分がいる。もしかしたら―。
頭を懸命に振って、顔をあげた。
きっとこの暑さのせいだ。この暑さのせいで、変なことを考えてしまうんだ。
私はそう自分に言い聞かせると、いつもの場所へと歩き始めた。