咆哮ストロベリー



それから彼女は、一度もここへ来なかった。

何度眠っても、何度起きても、彼女の足音は聞こえてこなかった。彼女の身に何かあったのだろうかと、心臓が潰れてしまうような朝を何度も越えた。

振り上げられた拳から、この身体に痛みが伝わってくるまでのほんの一瞬に、彼女のことを考えている。痛みが終わって、また次にそれがやって来るまでのほんの一瞬に、彼女のことを考えて、考えて、考えて、そしてまた、彼女のいない朝が来た。

微笑んだ唇を、そっと伸ばされた細い指を、彼女の好きだったちいさな赤い実を、何度も何度も思い出しては、朝を数えた。


どこか遠く、僕の知らない優しい世界の隅っこで、彼女が幸せに暮らしているのなら、それでいいと思っていた。僕を忘れて、それでもただひたすらに幸せでいるのなら、僕もそれが嬉しいと思っていた。

けれど、数え切れないほどの朝が、この埃まみれの部屋に訪れてゆくたびに、身体の真ん中で、心臓の端くれが、ひどく痛んだ。振り上げられた拳よりも、突きつけられたナイフよりも、ずっとずっと大きな痛みで、身体の中から、何かが僕を傷つけた。


そしてある日、彼女の夢を見た。

幸せそうに微笑む視線の先に、僕の姿はなかった。きらきらと光る太陽の下を、遠く遠く去っていく彼女の背中が、まぶたを開いた瞬間に、永遠に届かないものになってしまったと、そう思えた。
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