やさしい眩暈
東京に住みはじめてすぐの頃、私は居酒屋でアルバイトを始めた。

理由は単純で、時給が高かったから。


でも、3ヶ月と経たずに辞めた。

その理由も単純で、リヒトからの呼び出しが夜に入ることが多かったから。


せっかくリヒトが私を呼んでくれたというのに、仕事を理由に断らなければならないことが、私にとっては我慢ならないくらいつらかったのだ。


だから、昼間の仕事を探した。

パチンコ屋も時給がよかったので始めてみたけど、一日中店内にいると、髪の先から脚の肌まで煙草の匂いがついててしまい、リヒトに『煙草くさい』と言われたから、すぐに辞めた。


そのあといくつかのアルバイトをしたけど、どれも長続きしなくて。


仕事探しに疲れてたまたま入ったこの《カフェ・カナリア》で、求人広告を見つけて、何気なく面接を受けてみた。



「店の雰囲気がシックで、落ち着いてていいなと思って。あと、面接してくれたミサトさんの人柄も、すごく付き合いやすそうだなって」


「へえ?」



洗い終えたコーヒーカップを棚に並べながら言うと、シンクの掃除を始めたルイが先を促すように相づちをうった。



静まり返った店の中に、私の話す声と食器のぶつかりあう微かな音だけが響く。



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