やさしい眩暈







クリスマス・イブの街には、独特な雰囲気がある。



華やかなイルミネーションに彩られたショーウィンドウや街路樹。

楽しげな表情で行き交う人々。

エンドレスで流れつづけるクリスマス・ソング。



今日はバイトが珍しく昼からだったので、久しぶりにたくさんの人波の中を店へ向かっていた。



定番のクリスマス・ソングを聴きながら、私はふいに数年前のクリスマスを思い出す。


その日、リヒトに電話で呼び出されて、私はリヒトの事務所がもっているスタジオに来ていた。


そういえば今日はクリスマスなんだな、とトーマが何気なく言うと、

リヒトはおもむろにアコースティック・ギターを持った。



『俺、クリスマス・ソングって嫌いなんだよな。どれもメロディが安っぽいだろ? リスナーに媚びてるっていう感じでさ。………でも、この曲だけは特別』



リヒトがそう言って弾きはじめた曲は、ジョン・レノンの《Happy Xmas (War Is Over)》。


最初のワンフレーズから、ぞくぞくするほど美しい曲。

夢中になって歌うリヒトを見ていて、泣きたいほどに感動したのを、今でも覚えている。



あの頃、私は誰よりも近くで、リヒトの生み出す音楽を聴いていた。



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