やさしい眩暈
リヒトの胸の上には、左手がふわりとのっている。
その指先に私は視線を落とす。
それから、そろりと手を伸ばして、そっと撫でる。
もう十年以上もの間、ほとんど毎日ギターの弦を押さえている左の指の先は、皮膚が分厚く、かたくなっている。
右の指が柔らかくつやめいているのに比べると、驚くほど違う。
まるで別人の指のようだ。
でも私は、リヒトの左の指先が好きだ。
美しい右の指より、ずっと。
リヒトの身体の中で唯一、武骨な部分。
誰も聴いたことがないような美しい音楽を生み出す指。
リヒトが起きないのをいいことに、私は愛しい指を撫でつづける。
そして、その手をそっと包み込み、捧げもち、自分の頬に軽く押し当てた。
この手が意志をもって私の身体に触れてくれることは、こんなふうに優しく触れてくれることは、きっと一生ないのだろう。
私にも、他の女にも、平等に冷たくて、素っ気なくて残酷な指。
それでもいい。
優しさも温もりも、私は求めていない。
ほんのときどき、こうやって直に触れられるだけでいい。
―――そう思っているのに、なぜだろう。
気がついたら、私の瞳からは涙が溢れ出していた。
涙は私の頬を伝い、リヒトの指を濡らす。
つめたいような、あたたかいような、奇妙な涙だった。
その指先に私は視線を落とす。
それから、そろりと手を伸ばして、そっと撫でる。
もう十年以上もの間、ほとんど毎日ギターの弦を押さえている左の指の先は、皮膚が分厚く、かたくなっている。
右の指が柔らかくつやめいているのに比べると、驚くほど違う。
まるで別人の指のようだ。
でも私は、リヒトの左の指先が好きだ。
美しい右の指より、ずっと。
リヒトの身体の中で唯一、武骨な部分。
誰も聴いたことがないような美しい音楽を生み出す指。
リヒトが起きないのをいいことに、私は愛しい指を撫でつづける。
そして、その手をそっと包み込み、捧げもち、自分の頬に軽く押し当てた。
この手が意志をもって私の身体に触れてくれることは、こんなふうに優しく触れてくれることは、きっと一生ないのだろう。
私にも、他の女にも、平等に冷たくて、素っ気なくて残酷な指。
それでもいい。
優しさも温もりも、私は求めていない。
ほんのときどき、こうやって直に触れられるだけでいい。
―――そう思っているのに、なぜだろう。
気がついたら、私の瞳からは涙が溢れ出していた。
涙は私の頬を伝い、リヒトの指を濡らす。
つめたいような、あたたかいような、奇妙な涙だった。