ちいさな婚約者
春〜新学期〜
(俺が結婚してやるからもう泣くなっ!……

…はっ!
私「またあの夢…」

「朱星(あかり)ー!起きなさーい」
下から母の声が聞こえる。

「起きてるー!今行くとこ!」
着慣れた制服を掴み、これまた見慣れたカバンを手に取って階段を下りていく。

「今日から3年生でしょ?もっとしっかりして!進路だって決まってないんだし」

「進路進路って、私は…」

「しんちゃんのお嫁さんになるのー」
私の返事に割り込んできたのは一つ下の葵(あおい)

「あんたまだそんなこと言ってるの?」
呆れ顔の母。

「いや、今の私じゃなくて葵がっ!!」

「しんちゃんラブだもんね!おねぇーは!!」
小馬鹿にしたような笑いで葵が追ってくる。

「葵!そんな昔の話持ってこないでよ!」

「いいじゃん!本当のことなんだから。」

着替えを済ませ朝ごはんが並ぶテーブルに座る。
今日から新学期。
私の通う明桜学園は1年毎に学科が変更出来る全国でも特殊な制度の学校。
私は今年も2年から継続して総合学科。必修以外は自分で好きな科目を組める学科。2年生までは人気の学科で3年で選ぶ人は少ない。通称ニート科。
大学進学組は特進科。
就職組は工業科、調理科。
専門校は情報科、音楽科、体育科。
体育科や音楽科からは大学やプロに進む人もいる。
で、進路が決まってない3年生はニート科へ。
かっこよく言えば自分探し科。

ご飯を食べ終え、玄関へ…

「あ、いけないいけない!」
リビングに戻ると写真の前へ。
「お父さん行ってきます!」
家族写真の父へ挨拶。

「こら!それやめなさいって言ってるでしょ!」

「いいじゃない!行ってきますくらい!」

父は生きている。ただの単身赴任中。

ガチャッ。玄関を開ける。

「行ってきま…って土砂降り…新学期なのにー!!」

「新学期は晴れって誰が決めたのよ?」
後ろからまだパジャマの葵。

「あれ?葵学校は?」

「ん?私は来週からー。はい頑張ってよ!」

葵は私より自由な通信制の高校に通っている。

傘を片手にいつもの道を歩き出す。
といっても家から500mも離れていない。
これがこの学園を選んだ一番の理由。

「おっ!ラッキー!!」

バッ!右側に突然の人影。

「えっ!!」
当然驚く私。

「いやー、傘忘れて濡れそうで…」
当然のように話し出す他人。

「いやっ、あのっ、、、」
混乱は治らない。
「てかすでにびしょ濡れじゃないですか!」
どこから雨を浴びてきたのか既に手に負える状態じゃなかった。冷静になって飛び込んできたのは胸の校章。

「気持ちの問題でしょ?雨に濡れて歩いてたらうちの制服見えたからついね!」
ずぶ濡れ男子は笑いながら当然でしょ?と言わんばかりに言う。

「ついって、普通はそのまま行きますよね?私あなたのこと知らないですし。」
呆れて絞り出した言葉がこれだ…

「雨宿り雨宿り。気にしなくていいからさ!」

「いや、気にします!というか、おかしいでしょこの状況!」

「いいじゃん!もう着くんだし。」

歩きながらやりとりしていていつの間にか学校の前についていた。

「おーい。しーん!」
学校の入り口から誰かの声がする。

「おー、おはおはー」
『しん』と、呼ばれた他人は普通に私の隣から返事をする。
「新学期早々登校かよー。」
「偶然雨宿りしてるだけー」

はぁ?と心の中で叫ぶ私。

「じゃ!」
左手を軽くあげ、呼ばれた方に走っていく『しん』と呼ばれた他人。

(そこはありがとーでしょ!)また心の中で私が叫ぶ。

イライラしながら教室へ。

「朱星ー!おはよー!3年生もよろしくー!」
無邪気に出迎えるいつもの笑顔。
「おはよ。蓮奈(れんな)。」
ブスつけな態度で返す。
蓮奈とは高校からの付き合い。一年から同じクラス。この学校で一番気心が知れた奴かもしれない。

「さっき、彼氏と登校してた?」
冗談を決めつけた感じで聞いてくる蓮奈。
「はっ?!なに言って…てか見てたの?!」
「うん!こっから見てた!朱星の傘から男でてきたときは普通に噴いたよ!」
楽しそうに話す蓮奈。

「噴くな!私にはしん様がいるんですから!」
「そうそう!朱星にはしん様がいるんですから!」

2人の中のお決まりのやりとり。

「え?呼んだ?」
横からさっき聞いたような声。

「へっ?!」
すっかり2人の世界だった私は気の抜けた声で振り向いた。

「今俺の話ししてたっしょ?」
そこにはジャージ姿に頭にタオルをかけたさっきの他人が立っていた。

「なっ!なんで?!」

「なんでって俺のクラスここ。」

「雨宿りもニート科だったのか。」

「雨宿り雨宿りって私にも名前があるんですから!!」

「だって知らねーもん」


「…かりっ!あ・か・りっ!」
肩を叩かれてようやく気付いた。
「もう!シカトとかやめてよね!蓮奈ないちゃう…えーん」
両手で泣き真似をする蓮奈。
「ごめんごめん!俺が結婚してやるからもう泣くな!

慰めるように蓮奈を抱きしめる私。
これまた2人の中のお決まりやりとり。

「で、だれ?」
一連のやりとりに満足した蓮奈が真顔で聞き返す。
「いや、知らない人」
私も真顔で返す。
「知らない人はないでしょ!相合傘した仲じゃん!」
割って入る他人。
「それはあなたがいきなり入ってきたからそうなっただけ。」
仲間がいると口調が強くなれる私。
「私の朱星に変なことしてないでしょうね?!」
同じく口調が強くなれる蓮奈。これぞ類友。
「ま、まだしてねーよ!」

「まだ?!まだってなによ?」

「いや、それは言葉の流れで…」
女子2人に押され出す他人。



ガラガラッ!
「はい!席についてー」
教室を一蹴する鋭い声。久美子先生だ。
「今日から総合学科の担任になりました。佐藤久美子です。総合学科だからと言ってダラダラと学園生活を送らないなように。自分の進路も考えながらカリキュラムを組むこと。以上。何か質問は?!」
美人なのに相変わらずお堅い感じ。
「はーい!しつもんでーす。」
他人が手を挙げる。
「先生は彼氏が総合学科だったらどうしますか?」
クラス中が首をかしげる。
「質問の意味がわかりません。」
クラス中が頷く。
「では質問を変えます。先生は彼氏がいますか?」
クラス中が目を向ける。
「ほかに質問がありますか?」
聞かなかったことにした事にクラス中がうなだれる。

「今日はこの後始業式をして掃除して下校です。」

こうして高校3年生が始まった。





学校の帰り、蓮奈といつものように遊びに行く。すると蓮奈が…

「ね?あれあれ!」
何かに気がついたように指を差す。
指差す先に目をやると
「あ…!」

そこには仲よさそうに歩く久美子先生と他人。
そして、2人は病院に入っていく。そこには産婦人科の文字…
その光景に目を見合わせる私たち。
「これってやばくない?」
「うん、やばいの見た」

この時の2人のやばいは…そう、他人の弱みを握ったという感動だった。

「いやー、新学期早々ついてるついてる!」
「蓮奈の発見にはいつも驚かされる!」
「あのままついて行っちゃえばよかったかな?」
「制服で産婦人科はやばいでしょ!」
「やばいね!彼氏ほしー!」
「え?そこ?!」
「違うかっ!」
「あははっ!!」
こんな蓮奈とのやり取りがたまらなく楽しい。
明日の学校が楽しみだねって言いながら私たちは別れた。



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