(短編集)ベッドサイドストーリー・1


 そんなある日。

「ねえ、あんたが好きだって勧めてくれた本、この人のインタビューにも載ってるよ~」

 そう言いながら、二人いる姉の下の方が、テーブル挟んで向かい側に座る私に女性誌を渡してきた。

「何?ちょっと待って」

 テーブルで化粧をしていた私は、右側の睫毛にマスカラを塗りたくって答える。

 今日は友達と久しぶりにテーマパークへ遊びに行く日だった。失敗してはみ出たマスカラをティッシュオフしてから、姉から雑誌を受け取った。

 そこには各界の著名人が薦める「私の人生を変えた本」特集が載っていた。ほら、ここよって姉が長い爪で指す場所に目をやって、私はハッと息をのむ。

 そこには、いつかのあの人が。

 見覚えある赤毛にグレイの瞳。笑わずにカメラを見据えていて、その顔は真面目そのものだった。

 ミュージカルダンサー、羽 修(ハネ・シュウ)さん 27歳

「えーっ!!」

 私は雑誌を握り締めて顔にぐーんと寄せた。ミュージカルダンサー!へええええ~!そうだったのか、あの人!

 あの本屋にいる間、私を見下ろす瞳は笑っていたから、真面目な顔だと雰囲気がえらく違った。だけど、あの人だ。ケタケタと笑っていたあの人だ!

 彼の写真の下には、あの本の写真と粗筋が。そして彼のコメント。「大好きな本ですね。この本を初めて読んだのはニューヨークから戻る飛行機の中で、僕泣いてしまったんですよ。何かを読んで泣いたのは初めてだったので、自分でもびっくりしました。悲しい話というわけではないのですが、勇気を貰えましたね。僕は僕でそれ以外ではなくて、これでいいんだ、っていう」


< 16 / 72 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop