(短編集)ベッドサイドストーリー・1
朝の混む電車の中では、いつでも私は外を眺めて、通り過ぎていく景色や吸い込まれていく駅、そこで待っていて電車をじっと見ている人々なんかを眺めている。耳には突っ込んだウォークマン。学生の頃から使っているそれを、未だに通勤のお供にしていた。
景色や動く空、それに運転席の車掌さんの手を見るのが好きだ。
白い手袋をして、時刻表を立てておいて、時々声を出しながら指差し確認で電車を進めていくのを見るのが、好きだった。
だからその日も、見ていた。いつも通りに。
今日の運転係は新人さんなのか、声も大きくて動作も大仰、指導担当と思われる別の車掌さんが一緒に乗っていた。
運転者の動きをチェックして、たまに何かを話している。
たくさんの命を預かるという意味では、この職業も大変な仕事だ。新人教育もどうしたって力が入るに違いないよね、そう思って、私はこっそりと先輩の車掌さんを見上げる。
あら、この人見覚えがある。
高めの鼻、深く被った帽子の下には真面目な瞳。短い髪と広い肩幅。顎にほくろがあって、それを覚えていた。
私鉄の単線なのだ。そりゃあ大きな確率で同じ人が運転する電車にのるはずだ。私は一人でそう納得する。
行きも帰りも私はこの席に座る。
行きは先頭車両の更に一番前の席。帰りは後ろの車両のこれまた一番後ろの席ってことだ。
だから、朝は運転する人の背中を眺めている。
そして帰りはドアを開け閉めする人に見られる格好になっている。だから、帰りは車掌さんを眺めることは少ない。だってあっちが完全にこっちをむいて、車両の中を眺めているんだもの。