(短編集)ベッドサイドストーリー・1
でもそのいずれかで、何度か見たことがある人なのだ。覚えていた。その、顎のほくろや真面目な瞳を。実は、あら、ちょっと格好いいなあ、この人、そう思っていた車掌さんだった。年齢は私よりちょっと上・・・だと思う。当たり前かもだけどいつでも真面目な顔をしていて、笑ったところを見たことがないし、制服マジックで老けて見えるだけかもしれないけど。
今朝も混んだ電車の中、いつもの席にゆったりとおさまって、私はその新人教育を眺めていた。
先輩であるほくろの男性は静に話すので何を言っているのかは判らない。だけど、新人君は大きな声で返事をしていて、それが微笑ましかった。
踏み切りを一つ越えたとき、もうすぐ終点って位置で、先輩の方が屈みこんで新人に何かを伝える。
「あ」
私は思わず声を零してしまった。
先輩の肘が当たって、彼の鞄の中から黒い小さな手帳らしきものが落ちるのを見てしまった。
彼は気付いていないようだった。新人さんに指導をすると、また身を起こして前を見詰める。
・・・ああ、気付いてないんだろうな、手帳落ちたの。
私はそれをじっとみていたけど、でも降りるときには気付くはずよね、そう思った。だってもう終点だし。ここで客も車掌も皆降りるのだ。その時に、きっと、そう思って。
電車は時間きっかりに終点のそこそこ大きな駅に滑り込んでいく。ここから多くの乗客は都会へ行く線に乗り換えなのだ。まだまだ彼らの職場は遠い。
ざわざわと皆が降りる準備を始める。どうせすぐには降りられない私は、まだその落ちた手帳を見ていた。
窓ガラス、叩いてみる?でも指導中だしな・・・。コンコン程度じゃ気付かないかも。ううーん。