(短編集)ベッドサイドストーリー・1
いつもは見ないのだ。だって、車掌さんは車内が見えるようにこっちを向いて立っているから。だけど、その時には見てしまった。
というか、見たかったのだ。
山の中の無人駅のホームが私にもたらしたちょっとした不気味さを、吹き飛ばして欲しかったから。
私は一人じゃないって思いたかったから。
で、見上げた私は思わず声を上げてしまった。
「あ」
って。
だってそこには、今朝手帳を落としていたあの車掌さんが。
私を驚かせないようにだろう、ギリギリまで奥に下がって壁にもたれ、いつもの真面目な顔でこっちを見てた。
朝の女性客だって判っていたようだった。
まあ、あれは今朝の話で私の服装だって変わってない。だから判ってもいいんだし、単線だから同じ車掌さんに当たることも多い。だけどこれって凄い偶然だよねえ!
え、あなたの勤務拘束時間は何時間ですか?そんなことまで考えた。
私は驚きのあまり、つい彼を凝視する。
私の視線に驚きを感じ取ったらしく、彼は少し笑った。
そして、ポケットからあの黒い小さな手帳を取り出してみせ、それから白い手袋を嵌めた手で、帽子をちょっとあげる。
────────これ、ありがとう。
そう聞こえた気がした。
私は驚いて口をあけたままでいたけれど、そこでやっとハッとして、慌てて会釈を返す。