(短編集)ベッドサイドストーリー・1
魔法が切れたみたいに、パッと現実が私を迎えにきた。右手で握り締めていたハンドタオルを鞄にしまう。そして振り返らずに、ドアへと向かった。
電車がゆっくりと止まる。
彼の掠れたアナウンス。
私はドキドキとうるさい自分の鼓動を無視しようと頑張る。
『ドアが開きます。忘れ物のないようにご注意下さい』
プシューとドアが開いて、私の全身に冷たい風が吹きつける。上気した頬にはその冷たさが丁度良かった。
カツンとヒールを響かせて降り立つ。他の車両、階段に近いほうにはやっぱり乗客がいたらしく、パラパラと人の姿も見えた。
ドキドキしていた。
まさか、自分があんな行動に出るとは思わなかったのだ。
まさかまさか。
だって知らない人よ。そして、何てことないいつもの出来事だったのに。どうして私は。やっぱり酔っ払ってるのかな────────
出来るだけ背筋を伸ばして歩いた。ほとんど人のいない冷たいホームの上、パタパタと私のトレンチコートの裾が舞う。
「───────すみません!」
「え?」
声が響いて、私は足を止めて振り返る。