(短編集)ベッドサイドストーリー・1
彼女の毎日は、明るくても淡々としていて、少しばかり退屈だった。
そんな時に出会った社会人の彼は、くしゃっと笑う顔が素敵だと思ったのだった。その朝の彼は定期券が切れていて、改札に拒否されて困っていた。財布には万札しかなかったらしく、万札が使える切符の販売機には何故か長蛇の列が出来ていたのだ。
朝から時間が余ってしまって暇だったオギは、それをじーっと見ていた。そしてふわりと彼に近づいて、券売機の列にうんざりした顔で並ぶ彼に、白くて細い手を差し出した。
彼が驚いて彼女を見下ろすと、オギは言った。
見てたんです。小銭がなくて困っているように見えたから。これ、どうぞ。そういって彼女は500円玉を彼に見せた。
彼は全くすすまない列の一番前をチラリとみて、それからオギに向き直った。
ありがとうございます。助かります、本当に。
彼は切符を買って、改札を通る。一度振り返ったら、オギが白い手をヒラヒラと振っていた。彼はその時のオギの笑顔が、その日一日中残っていた。
彼に出会ってから、オギの明るくて退屈な日々は少し変わっていった。
そこには、夕暮れに知らない町で迷ってしまった子供のような、心細い、だけどもまだ大丈夫だという根拠のない自信、そのようなものがあった。
そんな揺れる感情はオギの中で生まれて、彼と会うたびに大きくなるようだった。それからは、彼と会わない間、彼女の体は冷えていくのだ。