(短編集)ベッドサイドストーリー・1
うわ~・・・いきなり、何か自我が跳んで行っちゃった感じ。どうしましょ、どうしたらいいの。
更に声をかけるべきか、いや、そのままにしておくかで頭を高速で回転させる。だけどもう目をそらしてしまった後だし、これ以上なんて言えばいいの!ちょっと待って、落ち着くんだ~私!お仕事ですか?って聞いてみる?いやいやいや、だけど、はい、と返事を終わらされたらそれはそれですんごく落ち込みそうだし・・・。
一人で悶々と座席に固まっていると、隣の男性はカタンと音をたててノートパソコンを閉じた。
「・・・今夜から、寒くなりそうですね」
「え?」
私に話しかけた?そう思ってから、くるんと相手を振り返る。すると相手は鞄に荷物を仕舞いながら、少しだけ頷いた。そう、あなただよ、そう聞こえたような気がして更に緊張する。
え、っと・・・。ええと!?なんて答えたらいいの、落ち着いて、私~!!
ワタワタしているだけで言葉を出せないでいると、その間に相手は支度を終えてしまった。立ち上がる彼はもうすでに私を見ていない。だけど、ここでようやく行動が思考に追いついたのだ。
「そ、そうですね!そろそろ木枯らしだってテレビで言ってました!」
しまった、声が上ずった。
それに、ちょっと大きい声だわよ、私。
だけれども、私が一人で真っ赤になる直前、彼はもう一度振り返ってこういったのだ。温かい飲み物が美味しいですね、って。それから会釈をしてレジへと行ってしまう。
蔦やアイビーが盛りだくさんの店内を彼のグレーのピーコートの背中を見詰めて追いかけてしまった。
・・・温かい飲み物が、美味しいですね。
「そう、ですね」
私が出した声は小さくて小さくて、彼に届かないままで空中で消えてしまった。