(短編集)ベッドサイドストーリー・1
だけど彼が出て行った店内で、いきなり明りが大きくなったように見えた。キラキラとした光が店内に撒き散らされ、私の周りで煌いているように。
まだ何も飲んでいないのに体が一瞬で温まり、顔は上気して足が踊りだしそうだった。
・・・知らない人なのに、口をきいて・・・。しかも、それをすごく喜んでるわ、私。
マスターがこっちを見ている。私は曖昧な笑顔でホットココア下さい、と言った。
既に体は温かかった。だけど、更に甘い何かが欲しかったのだ。とろりとした淡いピンク色がひたひたと押し寄せる、この心に甘い飲み物が。
会社で受けたイライラは、どこかに飛んでしまっていた。
その日から、彼は私の「気になる人」になってしまったのだ。
カフェに通うのはあまりにも当たり前の日常になってしまっていたのに、彼が居るかもしれないからと服装や髪型や化粧を気にするようになった。それに、姿を求めて店に居る間そわそわと落ち着かなかったり、いたらいたでそっちの方は絶対に見ることが出来ずに姿勢が不自然で首が凝る、というような。
ああ、何てことよ私。これでは中学生の恋愛だわ!そんなことを自分に思ったりもした。
だけど、どうすればいいのか判らないのだ。もう口を利く機会もないし、偶然隣の席を狙うには恥かしくて自分から避けてしまっていることを自覚している。あううう~。
初めて彼と話し、その印象を甘く変えたあの日から、そんなことをしたままで新しい年を迎えてしまった。
年末年始を過ごすのは都会から遠く離れた実家で、私はカフェにいけないまま。もう、ダメな自分ったら、と思うだけで終わってしまっていたのだ。だけど、その休憩時間は私に落ち着きをもたらした。だって彼の姿がみえないのだもの。落ち着かざるを得ないよね。