(短編集)ベッドサイドストーリー・1
・run to you
・run to you
『オレだって、たまには泣きたくなるんだよ』
そんな言葉が聞こえてきて、私はドキッとして一瞬受話器を落としそうになった。
いつもの家の、いつものオレンジ色のカーペットの上、いつもの寝いすの上にパジャマ姿で寝転んで、電話で話していた時だった。
ざらりと低い、どれだけ綺麗に剃っていても夕方には彼の顎をうっすらと覆ってしまう髭の感触を思い出させるような、彼の声。
確かに疲れているんだな、と思わせるような、覇気のない声だった。
どうしたの、私はすぐにそう聞いた。
寝椅子の上から起き上がって、ちょっと眉間に皺を寄せて。
すると彼はひょいと声のトーンを上げて、何でもないって言ったのだ。
『大丈夫、ちょっと口から出ちゃっただけで。それで、今日の会議がどうだったって?』
私がさっきまで話していたことの続きを促してきた。
うわー。
私は自分にデコピンをして、その痛さに顔を顰める。
無理してる。無理してるでしょ。本当は何かしんどいことがあって、疲れきっているはずなんでしょ。でもいつもみたいに私の止まらない話を聞いてくれようとしてるんでしょ。