(短編集)ベッドサイドストーリー・1
隣には、さっきビルの下で声をかけてきた男。
さっきあのカフェで読書していたでしょ?そう言って、声をかけてきたのだ。
20代の終わりかもしかしたら30代かもしれない男性だった。髪はあっさりとした短髪で、眼鏡をかけていて黒いジャケットを羽織って青いマフラーを顔半分まで巻いていた。
ごめんね、突然。でも気になってしまっていたから、思い切って声をかけました。そういう彼を見上げて、あたしはそれで?と聞いたのだった。
あなたの目的は、何ですか?って。
この雪が降りそうな凍えつく夜に、ナンパする暇がある人の目的は?って。
色んな人と付き合って、その人の目的にあわせて行動することであたしのこの「乾き」がなくなるのなら、と思っていた頃だったのだ。だから付き合ってその目的を達成してもいいかな、って。あたしはきっとぼんやりした顔でそう思っていたと思う。
とにかく、あたしのいいざまにちょっと呆れたような顔をした後で、映画でも観ませんか、と彼が言うからついて来たのだ。この映画は最近封切りになったばかりの恋愛映画で、その人が本当に観たがっていたとは到底思えないものだった。
巨大なスクリーンの中ではいい年した男女が絶対あんたはモテるだろう!!と思う顔とスタイルでわたわたと日常を過ごしていた。あたしはまた水を飲みながら、心の中でその映画を酷評する。
バカみたい、そんなことで一喜一憂して。って。
だけど知っているのだ。本当は、「そんなこと」に一生懸命になれる彼らがとても羨ましかったってこと。
だってあたしはこんなに乾いているのに。
今でも、こんなに苦しいくらいに。