(短編集)ベッドサイドストーリー・1
「返しなさいよ!」
あたしはそう叫んで雪の中を走り出す。男はにやりと笑ってマフラーを持ったままでかけだした。
無視するとか、泥棒って叫ぶとか、色んな方法はあったはずなのだ。通行人に助けを求めるとか。
だけど何故かあたしはそうしなかった。ただ前を駆けていく、人ごみに消えそうな彼の背中を追いかけていく。通勤用のローヒールのシューズで雪が降り注ぐ繁華街の夜道を、懸命に走っていた。
傘が増えてくる。視界が白く煙ってよく見えない。結構な降り方で、傘を持っていない通行人は皆屋根がある場所へと避難しているようだった。
髪が濡れてきた。
胸が苦しくて、息が荒い。
くそう、届きそうで届かない距離だ!追いつけそうで追いつけないスピード。あっちはまだまだ余裕なのだろう。悔しい。あたしの、あたしのマフラー・・・
はあ、と荒い息をついて、ついにあたしは立ち止まった。めちゃくちゃに走ってきていて大都会の中、すでにここがどこだか判らなかった。
呼吸を整えながら走って熱くなった手から手袋をとる。鞄にそれを突っ込んで、髪や肩や服にへばりついた雪を払っていた。
汗が垂れて背中が不快だわ。あたしは眉間に皺を寄せたままでじろりと周囲を見回した。・・・男の姿は見えない。
「もう終わり?」
斜め後ろからそう声が聞こえて、あたしはパッと振り返る。
同じように激しく白い息を吐いて、男がニコニコ笑いながら立っていた。あたしのマフラーは畳まれて右手に掴まれている。
「・・・あ、あなた・・・一体何がしたいのよ・・・」