(短編集)ベッドサイドストーリー・1
苦しい呼吸の中で、あたしは男を睨みつけながらそう聞いた。ナンパした女のマフラーを奪って、街の中をおっかけっこ。何なのだ、一体。
鼻をすすって、男が笑顔であたしを見ている。そしてやっと言った。
「びしょ濡れだね、君。少なくとも外見は潤ったわけだ」
「え?」
「それから、俺も」
ふう~、と一度深呼吸してみせて、男はスタスタとあたしに近寄ってくる。目の前に掴んでいたマフラーを差し出して、はい、と言った。
「返すよ。お陰で俺も刺激を感じることが出来たから。雪の中を、大の大人が鬼ごっこなんてしてさ~」
「・・・」
「汗だくでしょ、君も。早く帰ってお風呂入ったほうがいいよ」
差し出されたマフラーを取りもせず、あたしは息を吐き出しながら男を見上げていた。彼は言いたいことは言った、みたいな満足げな顔で、受け取らないあたしに肩を竦めてみせてからふわりとマフラーを巻いてくれる。
「滅多にない経験が出来たよ、ありがとう」
前髪から滴が垂れていた。あたしはきっと化粧も取れて、目の周りが黒くなっているはずだ。それからきっと頬は赤いだろうし、久しぶりにした全力疾走で足も疲れて痺れかけている。
「・・・帰ろうにもここがどこか判らないのよ」
「うん、そうだよね、かなり走ったからな~。悪かったね、でも潤いの代償だってことで許してね。俺は歩いて駅を探すよ」