有害なる独身貴族
「つぐみは、光流が好きなんだろ?」
「は? ちょ、なんで名前」
下の名前で呼ばれたことに、かあっと顔が赤くなった。
店長はそれを、別の意味で受け取ったらしい。
ニヤニヤ笑うと、「頑張れよ」とからかうように言って厨房へ行ってしまう。
ちょっと待ってよ、思い込み激しすぎ。
いい年して恋愛脳の持ち主なの?
そうやってすぐ恋愛絡めるのやめてよ。
大体あんた、人のこと心配する前に自分が結婚したらいいんじゃないの。
頭にいくつも湧き上がった文句の中で、一つだけ口に出せたのはこれだ。
「……名前で呼ぶの、やめてくださいよ」
でもその声も、彼には届かなかったようだけど。
それからしばらくして、数家さんは本当に振られた。
相手の方が高校の時の同級生だったらしいってのは、店長がそれとなく教えてくれた情報だ。
時々、会社の飲み会なんかでウチを使ってくれるらしく、その後も何度か顔を見かけた。
数家さんは、ふられてからしばらく見るからに落ち込んでいて、だけど仕事中は絶対にそれを見せなかった。
その彼女が店に来た時も、以前と変わらずに笑顔で、時には応援するように言葉をかけてあげて。
だけど帰った後につくため息ときたら、言葉では表現出来ないほど重かった。
好きな人のために、無理にでも笑顔を作れる人なんだなぁと思ったら胸がときめいた。
店長があんな事言うからだ。
無駄に意識してしまう。