有害なる独身貴族


「……嫌われちゃった」


涙が浮かんでくる。こんなとこで泣いちゃダメだと思うけど、振りきれた感情線はもうとうに理性を裏切っている。


「どうしよう。どうしよう。……やだ」


涙が止まらなくなって、ペンギンで必死に目元を抑える。

変な顔になったら、仕事も出来ないよ。

でも悲しい。片倉さんに怒られた。あんな呆れたような顔で見られた。
自分のせいなのに、悲しくて辛くてやりきれない。


ようやく涙が治まってきたのは、十分位たっていから。
喉が詰まって苦しくて、何度も大きく深呼吸をした。

せっかく早く来たのに、何にも出来なかったな。

そろそろ他の人も来る時間だ。
普通の顔に戻さなきゃと、必死に涙を拭う。

事務所の扉をノックする音に、私は慌てて立ち上がる。


「はいっ」


まだ着替えてないけれど、とりあえず開けたら、数家さんがいた。

店長から話を聞いたのか、訳知り顔で頷くと苦笑する。
私の涙の痕を追求する感じはなかった。


「……とりあえず落ち着いた?」

「はい。すみません」

「いいよ。着替えちゃいな。あと、化粧品持ってるか? 目元、直した方がいい」

「……はい」


気を使わせてしまった。
ますます自分が嫌になる。


「で、終わったらちょっと助けて欲しいんだよ」

「え?」

「店長の前で笑ってくれない? あれじゃあ、仕事にならない」

「……は?」


どういう意味ですか?


聞き返す前に扉が閉められた。

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