有害なる独身貴族
仕方なく、慌てて着替えて、目元にファンデーションを厚塗りする。
ちょっと腫れぼったい感じは残っているけど、まじまじ見られる訳でなし、接客にはこれでなんとかなるだろう。アイマスクで冷やしながら泣いていたのも功を奏したようだ。
「き、着替えました」
そろそろと出ると、数家さんが厨房を指差す。
こっそりと除くと、片倉さんが休憩用の丸椅子に座って、難しい顔をしている。
一見すごく不機嫌に見えて怖い。
私が首を振って「無理です」と主張すると、「いいから頼む」と数家さんに背中を押されてしまった。
でも足が竦むんですけど。
せっかく目元を直したのに、また泣きそうになりながら恐る恐る近づいた。
「店長、あの」
私の声に顔を上げる。どこか不満気な顔を見せられて、体が震えた。
「あの、……その、さっき、八つ当たりしちゃってすみませんでした」
片倉さんは驚いたように目を見ひらいてオウムのように繰り返す。
「……八つ当たり?」
「え?」
その反応に、拍子抜けする。
あれ? 怒っているわけではないの?
「はい、あの、……なんか、イライラしちゃって」
「つぐみは、俺の協力が気に入らないんだろ?」
「違いますよ。いや、協力はもういりませんけど。店長が私を気遣ってくれることは本当に嬉しいです」
「……なんだ」
片倉さんの目が細くなり、口元に笑みが浮かぶ。
ホッとした表情に、私の心臓が忙しく動き出す。
彼は立ち上がると、先ほど叩いた私の頬を撫でた。