有害なる独身貴族
「叩いて悪かったな」
「いえ」
「でも価値が無いとか言うな。自分で決めつけると本当にそうなっていく」
大きな手が私の頭に乗って、頭の形を確認するかのように撫でられる。
「つぐみには価値があるよ、忘れんな」
離れた手が、水道の水で洗われて、包丁を包み野菜の下ごしらえの続きを始める。
すっかりいつもどおりの調子で動き出した店長を、私は動けないまま見ていた。
ずるいよ、私はそんなに簡単に普通に戻れない。
あなたがくれる言葉に、苦しいくらいに心臓が揺り動かされる。
*
「房野、こっち手伝ってくれー」
私を動かしたのは、数家さんの声だ。
我に返ってテーブル席の奥に向かうと、ニッコリ笑いながら「サンキュー、助かったよ」と言われる。
お礼を言われるようなことなんて、なんにもしていないのに。
「店長にも困ったもんだよ」
「はあ」
なにがだろう。
疑問に思いつつ、一緒になってテーブルを拭く。
「自覚無いのかね」
「なんのですか?」
「……房野も無い? 似た者同士?」
「はい?」
数家さんは長い溜息をついて苦笑する。
「房野が倒れた日もさ、店長、すごくイライラしてて大変だったんだよ」
「え?」
「上田が帰ってくるまでさ、心ここにあらずって感じ。でも戻ってきた途端、人が変わったようにキビキビしてさ。片付けもそこそこのうちから全員さっさと出てけって追い出して。……その後どうしたのかは知らないけど、いつも俺がもらえるはずの残り物はもらえなかったから……」
「あ、それ、雑炊になって私の胃袋に入りました」
「やっぱり? 過保護なくらい心配してるよなぁ」