有害なる独身貴族


「叩いて悪かったな」

「いえ」

「でも価値が無いとか言うな。自分で決めつけると本当にそうなっていく」


大きな手が私の頭に乗って、頭の形を確認するかのように撫でられる。


「つぐみには価値があるよ、忘れんな」


離れた手が、水道の水で洗われて、包丁を包み野菜の下ごしらえの続きを始める。
すっかりいつもどおりの調子で動き出した店長を、私は動けないまま見ていた。

ずるいよ、私はそんなに簡単に普通に戻れない。
あなたがくれる言葉に、苦しいくらいに心臓が揺り動かされる。










「房野、こっち手伝ってくれー」


私を動かしたのは、数家さんの声だ。

我に返ってテーブル席の奥に向かうと、ニッコリ笑いながら「サンキュー、助かったよ」と言われる。
お礼を言われるようなことなんて、なんにもしていないのに。


「店長にも困ったもんだよ」

「はあ」


なにがだろう。
疑問に思いつつ、一緒になってテーブルを拭く。


「自覚無いのかね」

「なんのですか?」

「……房野も無い? 似た者同士?」

「はい?」


数家さんは長い溜息をついて苦笑する。


「房野が倒れた日もさ、店長、すごくイライラしてて大変だったんだよ」

「え?」

「上田が帰ってくるまでさ、心ここにあらずって感じ。でも戻ってきた途端、人が変わったようにキビキビしてさ。片付けもそこそこのうちから全員さっさと出てけって追い出して。……その後どうしたのかは知らないけど、いつも俺がもらえるはずの残り物はもらえなかったから……」

「あ、それ、雑炊になって私の胃袋に入りました」

「やっぱり? 過保護なくらい心配してるよなぁ」

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