有害なる独身貴族

ヨタヨタしながら客席を抜けると、丁度上田くんが空いたお碗を持って事務所から出てきた。


「美味かったですよ。房野さん、休憩入ってください」

「あ、ありがとう」



上田くんは私が持っていたお盆から皿を数枚自分の盆に移す。


「こんなに沢山、房野さんには重いでしょう?」


ずっしりかかっていた重みが無くなって、浮いたような不思議な感覚がした。


「でも持てるよ。大丈夫」


とは言ってみたものの、楽にはなったなぁ。
横に並んで歩けば、確かに上田くんは大きい。歳が下っていったって、オトコノコには違いないや。


「店長、休憩終わりましたー」

「おう、じゃあつぐみ呼んできてく……」


一緒に戻ってきたのを見た店長が言葉を止める。


「なんだ。そこにいたのか。つぐみ、休憩入れ」


もう一人の料理人である馬場さんが、私の分の賄い雑炊を仕上げて渡してくれる。
「ありがとうございます」と頭を下げ、厨房を出たとき、店長の低い声がした。


「上田……あんまりつぐみに構うなよ」


その低い声が、いつもの店長らしからぬ気がして、私は隠れるようにして壁に身を預ける。

上田くんは平然と聞き返した。


「店長、房野さんのこと好きなんですか?」

「……違うけどさ。お前みたいな頼りないのにつぐみは預けられねぇっての」


ざくりと、心臓に切り込まれたような感覚がした。
“違う”とはっきり言えるくらい、私は彼にとって対象外なんだ。
分かってたし、それでいいって思ってるのに、胸が詰まってくる。


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