有害なる独身貴族
彼らの話は終わらない。
私は唇を噛み締めながら、これじゃあ立ち聞きだ、と事務所に向かおうとした。
「店長、よくオレのこと頼りないって言うけど、いつまでもそうだって思ってます?」
上田くんの言葉に、私の足が止まる。
「俺、来年には卒業しますよ。就職活動だってちゃんとしてます。いい感触もらってる企業だってある。俺が頼りないガキなのは今だけでしょ? 数年経っても、店長俺に同じこといえます?」
なんて堂々とした、自信に満ちた言葉。
自分も上田くんを甘く見ていたことを指摘されたようで、恥ずかしくなる。
それ以上聞いていてはいけないと、私は事務所に向かった。
雑炊をテーブルに置き、自分はソファに沈み込んで、ほのかに立ち上る湯気を見ていた。
頭のなかをめぐるのは、“違う”と断言した店長の言葉。
ただ傍に居られたらいいと、何度も思っていたはずなのに、最近の店長の言動に、少し図々しくなっていたのか無性にショックだ。
じわりと目尻に涙が浮かんだ時、事務所の扉がノックされた。
顔を出したのは、馬場さんだ。
「……いいか?」
「はい」
自分の分の雑炊を持ってきた馬場さんは、私の向かいに座り、熱さも気にならないかのように食べ始める。
私は、彼に見えないように涙を拭って、不審に思われないように食べ始めた。
馬場さんは基本無口だ。
時折「美味しいです」とか話しかけてみたけど、目を細めて笑ってみせるだけだ。
私のほうが先にここに来たはずなのに、食べ終えたのは馬場さんのほうが先だった。
「房野」
「はい」
「あの人は馬鹿だから」
「え?」
あの人って……誰のこと?
馬場さんをまじまじと見つめると、彼は口元だけで笑ってみせた。
「……気にするな」
「はあ」
そのまま、事務所に取り残される私。
うん、なんかよくわからないけど。
落ち込んでいたのは気づかれていたみたい?