有害なる独身貴族


大方片付いた頃、「つぐみ、先に上がっていいぞ」と店長に言われる。

「はい」

素直に従い着替えをすると、「あ、俺も帰ります」と上田くんが慌てて着替えに向かった。

このまま帰っても途中で追いつかれちゃうのかなぁ。
そう考えたら気が重たい。

上田くんのことは好きじゃないし、ちゃんと「ごめんなさい」も言ってある。
それでもたじろがない彼に、流されそうな自分がちょっと嫌だ。

なんとなく化粧室に入り、服装とかを直したり、スマホをチェックしたりしていた。
先に出て追いつかれるなら、上田くんが出た後でのんびり帰ったほうが多分気が楽だ。


「あれ、房野さん、帰っちゃいました?」

上田くんがの大きな声がトイレの中にまで聞こえる。
そっと店内の気配を伺っていると、答える数家さんの声がした。

「そうかも。気づかなかったけど」

ナイスアシスト、数家さん。

「そっか。じゃあお先っす」

走る足音、店の扉が開く音を聞いてほっとするのは失礼だろうか。

更に五分、腕時計とにらめっこしながら時間を潰し、音を立てないようにこっそりと出る。
たった数分なのに、既に店の中は静かで、厨房以外は照明も落とされている。
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