有害なる独身貴族

馬場さんや高間さんも帰っちゃったのかな。

厨房からは店長と数家さんの声だけがする。

ご挨拶だけして帰るかと、光の漏れる厨房を覗いたら、意味深な会話が聞こえてきて思わず身を隠してしまった。
なんか今日は盗み聞きばかりしているみたい。


「素直になったらいかがですか」

「何の話だよ」


いつになく、数家さんのほうがきつい口調だ。
なんか、入っていきづらいな。

多分正面入口は鍵をかけただろうから、裏口から出なきゃいけないんだけど、通り抜けるには空気が気まずくない?
仕方なく、彼らに姿を見られない位置で座り込む。


「上田に突っかかるのはどうしてだか、自覚したらどうなんですかって言ってます」

「別につっかかってなんか」

「つっかかってますよ。申し訳無いですけど、今日は上田のほうが正論でした」


はっきり言う数家さんに対して、店長は語尾がゴニョゴニョと聞き取りづらい。
内容が内容だけに、ドキドキしながら彼の答えに耳を傾ける。

やがて店長はポソリと続けた。


「あのさ」

「なんです?」

「……お前が、刈谷ちゃんと別れるのを期待してるって言ったら怒る?」


一瞬、沈黙が流れた。

私も息を止めてしまった。

なに? なんなの?
店長の言いたいことが分からない。


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