有害なる独身貴族


「片倉さん」

「あ? つぐみ?」

「房野。……まだいたのか? って……」


二人が、私の声を聞いて驚き、顔を見て絶句する。
どんな顔をしているのか、自分では見えないけれど、相当こわばった顔はしているのだろう。


「なんでそんなこと言うんですか。店長は、人を幸せに出来ます」


否定しないで。
あなたに会って、あなたと居る選択をした私を。
あなたに支えられてきた私を。

頭の中を、一瞬で思い出がめぐる。

この選択が正しかったんだと、信じさせて。
でないと、それによって起こった不幸を乗り越えられない。


「店長、ずっと前に私と会ったことあるでしょう?」


彼は黙ったまま、目を見開いて私を見つめている。
なにか話そうと開いた口は、音のない空気を吐き出して閉じられた。


「教えて下さい。十三年前、私を救ってくれたのは店長でしょ? 思い出してください。川の欄干で、飛び降りようとしていた小学生いたでしょう? あれ、私です。あの時、店長は私に拍手をくれた。『生きろよ』って言ってくれた。だから私、生きてるんです。あの時死ねなかった自分を、支えていけてるんです」


“死ぬのが怖い”という感情さえ、浅ましいと思った。
その否定的な気持ちを、救い上げてくれたのが彼だった。

だからここにいるの。
自分をキライになりそうになっても、彼といれば救われる気がするから。

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