有害なる独身貴族


「もう一度会いたくて。同じ場所に居たくて。だからここの面接を受けたんです」


その後起こった不幸は、私の心を潰してしまいそうだった。
それでも、また顔を上げることが出来たのは、片倉さんがいたからだ。


「……え? どういうこと房野。店長、そうなんですか?」


一番驚いたのは数家さんなのかもしれない。
彼の視線は私と片倉さんの間を何往復もしている。

その視線から逃げるように、目を伏せた店長が低い声で答えた。


「……いや」


耳を疑った。
嘘だ。記憶の中の彼と、店長はほぼ一致する。
多少の違和感は、年齢によるものだと思っていた。

店長は視線をさまよわせ、私の上で止める。


「つぐみ」


ビクついて、一歩下がる。
私は余計なことを言ってしまったのかもしれない。

恐怖心がせり上がり、指の先が震えてきた。

天井の光は彼の表情をくっきりと映し出す。
こんなにも泣きそうな顔、初めて見る。


「それは俺じゃない。人違いだよ」


キーン、と耳鳴りのような音がした。
もしかしたらそれは気のせいだったのかもしれない。
今の言葉を、受け入れたくなかったから。


「……嘘。だって私、顔を覚えてます」

「十年以上前だろ?」

「名前も覚えてます! 見たんです。“片倉”って書いてあったの」


記憶の中のネームプレート。必死に脳裏に焼き付けた名前。
苗字だけははっきり覚えていた。


「多分、兄貴だ。スーツ着てただろ」

「……お兄さん?」


足元の床が崩れるような感覚。
二、三歩下がって、壁にぶつかる。


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