有害なる独身貴族
外気に晒され、ゆっくりと痛みが伝わってくる。
座り込んだまま、上下する肩と激しい呼吸が一定の落ち着きを取り戻してきたころには、もう立ち上がる気力はなくなっていた。
「私は、……馬鹿だ」
今まで何をしてきたんだろう。
店長が“彼”じゃないのなら、何のために今まで生きてきたんだろう。
いっそ知らなければよかった。
聞かなければ信じていられた。
店長が“あの人”だって。
ずっと、彼が私の道標だった。
見失ってしまったら、どこに向かっていいのか分からない。
「えっ……うえっ」
座り込んだまま泣いていると、私に近づいてくる足音があった。
「……大丈夫か?」
振り向いて顔を見て、申し訳ないけど少しだけがっかりした。
額から汗を垂らしているから、心配して走って追いかけてきてくれたんだろうに。
「……数家さん」
「話聞かせてよ。ほら、怪我もしてる」
「でも」
「どこかで落ち着こう。ちょっと待ってて、史に頼むから」
私の腕を抑えたまま、数家さんは電話をし始めた。
こんな深夜にかけても怒られないくらい、親密な付き合いをしているんだなと思ったら羨ましかった。
私には、こんな時間に押しかけられる場所はない。
『あ、史? 助けて欲しいんだよ。今から行っていい? 房野を連れて行きたいんだ。……え? 違う違う、酔っぱらいとかじゃなく。とにかく行くから頼むよ』
でも私と刈谷さんは別にお友達な訳でもないし、夜中に行くなんて迷惑、かけられない。
「数家さん、すいませんけど」
「いいから、行こう。俺も店長怒鳴って出てきた以上、房野を放置するような無責任なことは出来ない」
「怒鳴ったんですか?」
「……流石に、イライラするでしょ。煮え切らないにも程が有るよね。でも、イマイチ事情が分からないから対処のしようもないし。話してよ、房野」
「……はい」
確かに、私だってこのまま部屋に帰ったって寝れそうにない。
一人で居るより、いいかもしれない。
決心がついて、私は彼の後についていった。