有害なる独身貴族
それに比べて。
事務所に消えていく店長の背中を思わず睨んでしまう。
あの人は適当だ。
人の顔もちゃんと覚えているのか危ういくらい。
私の事だって。
ガラスに映る自分の姿を、立ち止まってじっと見る。
あの頃から比べたら、確かに大きくはなったけど、そこまで印象が変わったとも思えない。
だけど彼は気づかなかった。
私は、あんなに変わった彼にひと目で気づいたというのに。
「……さん、房野さん!」
「え?」
「掃除終わりました」
「あ。……うん。ご苦労様。予約席のプレートだそうか」
いけない。ぼうっとしていた。
こんなんじゃ、数家さんみたいになれない。
ちゃんと店の全体を見れるようにならないと。
「……疲れてます?」
心配そうに私を見つめる上田くんに、笑いかける。
「ううん。今日も頑張ろうね」
「はい」
上田くんはこの店でたった一人の私の後輩だ。
まだ大学生のバイトくんでなので、主に夜のシフトに入っている。
彼くらいには頼れる先輩と思われたい。
「じゃあ、それでお願いします」
話しながら数家さんと店長が事務所から出てくる。
「さあ、開店するぞ。みんな頼むぞ」
大きな声で店長がいい。私達は、威勢よく「はい」と返事をした。