有害なる独身貴族

ついててあげたほうが良いのかなとも思うけど、片倉さんはそれでは喜ばない気がした。
それよりも、店でちゃんと仕事をしたほうがきっと喜ぶ。

額のタオルを取り替えて、枕元に冷えピタを置く。
直に炊きあがったおかゆを自分も少しだけ食べて、お薬とお水とお茶碗とメモを残して家を出た。


一番近いコンビニを通りかかるときに思いたち、男性用のTシャツと下着を買い込んで、再びアパートに走って戻る。
片倉さんは熟睡していて、私の出入りには全く気がついていないようだ。

“後で食べてください”の後に、“着替えもしてくださいね”と書いて、再び部屋を出た。

曇空の合間から陽が射す。途端に蒸し暑い感じがして袖をまくる。


「頑張ろう」


寝不足ではあったけれど気力だけは充実していた。





 電車を乗り継ぎ、勢い込んで店に入ると、迎えてくれたのはなぜか数家さんだった。
「やあ、房野」と当たり前の顔で笑われて、私のほうが顔がひきつった。


「数家さん、今日は夜番じゃあ」

「店の合鍵預かってるの俺だけだから」

「あっ」


そうか。お店の鍵のことなんて考えもつかなかった。
本来、私が片倉さんから預かって来なきゃならなかったのに。


「すいません、せっかくの週末をお邪魔してしまって」

「いや、いいよ。もう慣れっこだし。店長が熱出たの、多分俺のせいだし」


普段どんなやり取りが行われるのか透けて見えるようなセリフだけど。
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