有害なる独身貴族

「橙次さん、熱でたって?」

「はい」

「知恵熱だな、きっと」


ボソリとひどいことを言いながら、事務所に向かっていく。
白の調理服に着替えるといつもどおりの料理人に見えるからおかしくなってしまう。

やがてパートさんもやってきて、開店準備は順調に進む。


「あー、えっと。店長がいない時にクレーム来ることがないように、いつも以上に気を引き締めて頑張りましょう」


普段無口な馬場さんが、私達を集めて指示をだす。
すぐに照れてしまって厨房に引っ込んでしまった彼を、パートさんたちはクスクスと笑いながら見つめている。


「店長が熱だって」

「珍しいねぇ」

「遊んで歩いてたんじゃない? あの人なら。あー独身いいよねぇ」


店長と同年代のパートさんたちは皆既婚者だ。
彼のことを茶化しながらもいつもより良い動きで働いてくれてるのを見て、私はとても安心した。

店長、大丈夫ですよ。
店は順調に動いています。

あなたのためにって、皆頑張ってくれる。
そんな従業員が居るって、誇っていいことじゃないですか?

皆の気持ちを感じるだけで、私は幸せな心地になってくる。
そしてそんな店を作った片倉さんを、本気で尊敬した。

片倉さん。
貴方は人を幸せにできます。

だってこんなにも皆から愛されているんですから。
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