有害なる独身貴族
「つぐみは俺がお前を救ったって言ったけど、本当は違う」
「え?」
「俺はあの時、お前が欄干に足を掛ける前から見ていた。お前が自殺しようとしているのを止めるつもりがなかったんだ」
私は思わず口をつぐむ。
確かにそうだ。
片倉さんが私に拍手を送ったのは、“私が自殺を自分で辞めた”タイミングだ。
「……どうして」
「それを説明しないとな、と思って待ってた。少なくとも俺は、お前に感謝されるような人間ではないんだ」
「それはどういう」
「いいから、黙って聞け」
口を抑えられ、顔を見れば目を逸らされる。
彼の表情が暗く沈んでいたことが不安であり不満だったけど、仕方なく彼の言葉を待った。
「……俺は当時、市役所の農政課にいた。地場産業のブランド化の動きがあってな。田舎に出かけて行っては、無農薬栽培を勧めて地域ブランドを確立しようと農家に話をしてまわっていた。いい農産物を作れば、必ず流通する。そのための手助けをするつもりで、渋る農家を説得していた」
「説得?」
「無農薬栽培ってのは金も時間もかかるんだよ。農薬を使って栽培すれば、手間も省けるし一定の生産が見込めるが、害虫処理を自分たちでやっていくのは相当の手間だ。飛んでくるチョウチョ一つ一つを捕まえて潰したりしなきゃなんねぇんだぞ? 現在食っていくのがカツカツの農家には、苦しい選択だったんだ。でも俺はいけると思っていた。補助金申請もかけて、生産が減った分の補填ができると思っていた。今が辛抱だからと説得して、渋る農家に頼んで……しかし」