有害なる独身貴族
「どうなったんですか?」
「九月に台風が続いて、土砂災害が起こったんだ。交渉していた農家は、その一帯に多くあった。畑の3分の2が土砂で埋もれ、生産高は過去最低だった。俺は、……何も出来なかった。一定の出荷量が見込めない以上、ブランド化の話も立ち消えだ。補助金申請が通る見込みもない。土砂災害に対する補償はおりるが、時間がかかる上に縦割り行政で俺には全く詳細が分からない。会いに行く度罵倒された。俺が話を持ってきてからいいことなど何一つ無いとな。……まあ、その通りだったから反論もできなかった。疫病神とはうまく言ったもんだ」
「……そんな」
彼は顔を上げない。
ただまっすぐに床を見たまま続ける。
「あれほど自分が無力に思えた時もなかった。可能性にかけて話をして、期待させた挙句にどん底に突き落とした。嘘つきと呼ばれても仕方ない」
『ついてしまった嘘も消せるかな』
熱に浮かされながらの彼の言葉は、私の予想以上に重い意味を持っていたの?
「情けない話だが、すっかり参っちまってな。……このまま、翌年同じ業務を担当するのは無理だと思った。かといって、こんな途中で投げだして配置換えしてもらったところでどうなる? 仕事なんて手につくはずもない。そんな風に考えながら、あてどもなく歩いていた時だ。……つぐみを見かけたのは」
十歳の私が水面を見つめる。少し離れたところからそれを眺める彼。
どちらの瞳にも、絶望の色が映っていただろう。
そんな映像が頭に浮かんでいた。