有害なる独身貴族
「……だから、鍋の店だったんですか?」
「たくさん野菜を食べれて、その旨味を引き出すことができるのはこれだと思った。起業するまでには時間がかかったが、楽しかった。……自分の手で、動けるからな。まあ簡単ではなかったけど。壁にぶつかる度に、つぐみのこと思い出したよ。死んでねぇかなって。……生きてたら、いつか絶対俺の鍋を食わせなきゃならねぇから、こんなところで負けられないって」
私も何度も思い出してた。
片倉さんが“生きろよ”って言ってくれたから生きてた。
「お前は、最初から特別だったんだ。採用するのに迷いなんてなかった。俺の見える場所で、誰よりも幸せにしたかった。それで、……俺も救われるんじゃないかって思えた。……でも、それをするのは俺じゃないよ。俺はあの時点でお前を見殺しにしてるんだ。死ななかったのはつぐみ自身の力だ」
片倉さんの声が、固くなった。
さっきより壁ができてる。
触れていたものが触れられなくなった感じ。
「そんなこと……ないです。私は片倉さんがいたから」
「違う。俺がいなくてもきっとつぐみは生きていけた。自分の力でも、幸せになれる。そんな強さがお前にはあるんだよ」
それが矛盾なんだと、どうやったら気づいてくれる。
私の幸せは、片倉さんの傍に居ることなのに。
あなた無しで幸せになれるはずがないのに。