有害なる独身貴族
「……知らなかった」
「何をですか?」
「お前がそんなにつらい目にあってたとは。生きてたことに安心して、お前がどんなふうに生きてきたかまで考えていなかった」
まるで自分も一緒に傷ついたような顔で私を覗きこむ。
「大丈夫です。私にはずっと、片倉さんの言葉があったから」
「馬鹿だな……ホント」
もう一度、キスが降ってくる。
本日三回目。ちょっとだけ、慣れてきたかな、私。
片倉さんは時々唇を甘噛しながら、顎や首を優しく撫でてくれる。
なんだかとろけてしまいそうなくらい幸せだ。
「つぐみ」
「はい?」
「これからはちゃんと話せ。隠すなよ。俺と一緒にいたいなら一人で抱え込むな」
「はい!」
ギュッと抱きついたら、抱きしめ返してくれる。
その温かさに身を委ねていたら、途端に睡魔が襲いかかってきた。
昨晩の睡眠不足もあるのだろうけど、安心したのが大きいかも。
もうちょっと起きていたいという意識に、瞼がいうことをきいてくれない。
「おい、つぐみ」
「ん、は……」
なんとか返事しようと思うけど、口も上手く回らない。
「……全く」
片倉さんの声が徐々に遠くなる。
ふわふわして、いい気持ちだ。やがて柔らかいけれど冷たい感触とぶつかる。
お布団、かなぁ。片倉さんが運んでくれたのかしら。
「おやすみ、つぐみ」
額に落ちた温かいものは、きっと、ずっと憧れだったおやすみのキスだ。
小さい頃から絵本でそのシーンを見るたび、驚きだった。
お母さんって、そういうことをするものなんだって思って。
結局、私の母がそれをくれることはなかったけれど、もういいや。
だって、一番大好きな片倉さんがくれた。
ありがとう、大好き。
声になっていたかは分からない。
だけど、言い切ったことで安心して、そこから意識は遠のいていった。