有害なる独身貴族


 次に目が冷めたのは、翌日の昼近くで、既に部屋に片倉さんの姿はなかった。


「片倉さん?」


カーテン越しに入ってくる光で部屋はずいぶんと暑い。
窓とカーテンを開けたら、目がくらむほどの陽光とともに生暖かい風が入ってきた。
もう夏はすぐそこだ。

ベッドの足元には、毛布がたたまれている。
この部屋には他に寝るところが床しか無いから、片倉さん、これにくるまって寝たのかしら。

部屋中を見回しているうちに、テーブルに一枚メモが残されているのを見つけた。


【一度帰って仕事に行く。つぐみは寝てろ】


時計を見ると、十一時。
今日は日曜で、私は夜番だから時間はまだ余裕がある。

それにしても随分と寝てしまったものだ。最後に見た時計の時刻が八時くらいだと思うから、半日以上寝てる。疲れは取れたけど、寝すぎて体が痛いって思うのは贅沢か。

それにしても、片倉さんは大丈夫なのかな。
熱は下がったみたいだけど、そんなにすぐ動いていいのかしら。

シャワーを浴びて、洗濯機を回し、冷蔵庫に入っているもので軽くご飯を食べる。
昨日のことを思い出すと、ウズウズして落ち着かなくなって、家にいても気が休まらない。


「もう、仕事行こう」


日曜だし、忙しいはずだから手が多いほうが助かるはずだもん。
言い訳を考えながらメイクをする。

刈谷さんに貰ったお化粧品。少しは上手に出来たかな。
緊張する手で目元をいじったあと、薄いピンクの口紅を引く。
どうだろう、少しは大人っぽく見えるかな。

以前は、オシャレとかそういうことに興味が持てなかったけど、今は片倉さんにちゃんと女の子として見て欲しい。少しでも可愛く映りたい。

こんな気持ち、数家さんを好きだと思っていた時には感じたこともなかった。
あれはやっぱり憧れなだけだったのかな。

今更、思春期の中学生みたいに、ドキドキしちゃう自分。
くすぐったいけど、嫌ではなかった。


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