有害なる独身貴族



 息をつく暇もない18時半から20時半がなんとか過ぎていく。


「はあ」


思わずこぼれ出るため息。
その時、後ろを通りすぎようとした数家さんが私の頭を軽くコツンと叩いた。


「房野、顔」

「あ」


いつの間にか営業スマイルがなりを潜めていたのだろう。
いけないいけない。厨房に戻って、気合を入れ直すように頬を叩く。


……やっぱり凄いなぁ。

店内の様子だけでなく、ちゃんと私達の様子も見れるあの頭の中はどうなっているんだろう。

この数家さんに好かれる要素が、あの刈谷さんにあったことが不思議。

本音を言えば、女であることを全身でアピールしてくるあの人のことを、私はあまり好きじゃない。

だから納得いかないのかも知れない。
自分でも好きになれそうな女の人が相手なら、こんなモヤモヤ感なかっただろうに。



そろそろ、入ってくるよりも出て行く客のほうが多くなってきた。

 
「ありがとうございました。またお越しください」


見送る数家さんにも余裕が出てきたのか、レジ下のメモ用紙に何やら記入しているのが見えた。

こうして、来たお客様たちをなるべく覚えるようにしているらしい。
私も見習わなきゃ、と思うけど、お名前を伺ったことのないお客様はなかなか覚えられない。


「先ほどの座敷のお客様の忘れ物です」


上田くんが持ってきたのは、薄緑のストール。


「ああ、予約の遊川さんのだ。預かるよ」


数家さんが受け取り、丁寧にたたんでレジ近くの棚に載せる。

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