有害なる独身貴族
「まあとにかく安心した。つぐみちゃんの顔も見れたし、来てよかったよ」
「電話で事足りるんだから別に来ることはなかったんです。暇なんですか、北浜さん」
憮然とした表情で唇を尖らせる片倉さんに、笑いが止まらない様子の北浜さん。
「そう言うなよ。いや、ついに独身貴族も年貢の納め時か。楽しみに待ってるからな」
ごきげんなまま、北浜さんはその後すぐ帰っていった。
ひらひらと手を振って見送る片倉さんのもう片方の手は私の肩に乗ったままだ。
「片倉さん?」
「ん? あ、悪い悪い」
手を見つめる私の視線に気づいて、ぱっと離してすぐ厨房へと向かう。
恥ずかしくてなんとも言えなくなっている私の背中の方から、ぷっという音が聞こえて、振り向くと数家さんがお腹を押さえて笑いを堪えている。
「なんですか、数家さん」
「いや? あんまり予想通りだからおかしくって」
「予想通りって?」
数家さんは、片倉さんが厨房で下ごしらえを始めたのを音で確認すると、レジの方へ私を呼び、小声で耳打ちする。
「抑えていた時でさえあの態度だったんだから、タガが外れたらさぞかし凄い溺愛っぷりだろうなって思ってたんだよ。房野、ビビって逃げるなよ」
「逃げたりしませんよ」
「どうかな。最近可愛くなったし、これからモテるよ? 店長を見捨てないでやってね」
「そんなことあるわけないじゃないですか!」
思わず大きな声を出してしまったら、片倉さんが気づいて大声を張り上げた。
「光流! いつまで油売ってるんだ。つぐみも着替えてこい!」
「はいっ」
私と数家さんは顔を見合わせて、くすくす笑いながらそれぞれの仕事を始めた。