有害なる独身貴族
「……これ」
「大事に守るより、一人にしない方がつぐみにはいいって気づいた」
「私に、くれるんですか?」
「いつまで我慢できるかは分からんが、お前の心の準備が出来るまでは待つ努力はするから。とにかく俺の部屋に来い」
どこまでも弱気な前提条件に笑ってしまうけど、彼のくれる言葉がとにかく嬉しくて、ギュッと鍵を握りしめる。
「……嬉しいです」
潤んだ声になってしまって俯くと、片倉さんの大きな手が私の頭を撫でる。
「案外泣き虫だな、つぐみ」
「片倉さんの前だけでですよ」
「……じゃあ俺だけのつぐみか。悪くない」
手のひらから伝わる熱だけじゃ足りないと思ってしまうなんて、欲張りだと思う。
それでも、もっと欲しいと思う。
彼のぬくもり、言葉、彼の持ちえるすべてのものが。
「まあ、今日は一緒に帰ってもらわないと、鍵がこれしかない」
「合鍵じゃないんですか」
「思いつきで動いてるからな、合鍵は家だ。こっちがマスターキーだから、帰ったら交換な」
「あはは」
それから、店の戸締まりをして、手を繋いで歩いた。
話しながら、いつまでも呼び方が他人行儀なことを責められて、「橙次さん、でいいですか?」と聞いたら、「敬語もやめろ」と返される。流石に使い続けた敬語は抜け切らないけど、着く頃には、名前だけはなんとなくスムーズに呼べるようになった。