有害なる独身貴族


 そして翌日、私と橙次さんは、11時頃から店に行き、私は店内の掃除して、橙次さんはおじいちゃんの為だけの料理の下ごしらえをした。

入り口に【本日貸し切り】の札をだし、約束の時間になるのを待つ。


「……来ますかね」

「来るよ」


自信満面に橙次さんは言うけど、私は怖くてたまらない。
お父さんの言葉を信じるなら、おじいちゃんはまだ私を憎んでいるはずだもの。

テーブルセッティングを終えてから、私はじっとしていられなくて何度も店内を歩き回る。

「つぐみ、落ち着けよ」と苦笑する橙次さんに言われ、その度に椅子に座ってはまた立ち上がる。


 やがて、店内の時計が正午を指し、私は店内を歩き回っていた足を止めた。
その時、入り口のドアがゆっくり開いて、一人の男性が姿を現した。

薄くなった髪、皺の寄った顔、姿だけ見ていれば老人だけど、ピンと伸びた背筋といい、鋭い眼差しといい、どこか隙のない印象は以前と変わりない。
ただ、以前に比べれば痩せたように見える。


「おじい……ちゃん?」


恐る恐る出した声は震えていた。祖父は、視線を上げて私をマジマジと見つめ返す。


「……久し振りだな。つぐみ」


おばあちゃんがいた時のような明るさは無い。だけど、憎しみまでは感じられない暗い瞳。
お父さんから感じたような敵意に似た視線じゃないことにホッとする。


「来てくれてありがとう」


なんて言ったらいいか分からなくて、深々と頭を下げたら、厨房から橙次さんが出てきた。
< 211 / 236 >

この作品をシェア

pagetop