有害なる独身貴族
「ここが、あの時の店だろう?」
「うん」
「……あの男がいたから、ここで働きたかったのか?」
「うん。そう」
「お前の父親とそう変わらない歳だろう。一体どこが良かったんだ?」
「それは……」
答えようとした時、厨房から名前を呼ばれた。きっと料理ができたんだ。
一番大切なのは、一番美味しいタイミングで食事をお出しすること。
片倉さんから教わったことを思い出して、私は頭をペコリと下げる。
「ごめん、おじいちゃん、ちょっと待ってて」
厨房では、片倉さんがお盆に料理を盛り付け終えたところだった。
「つぐみが持って行けよ。いつもの仕事ぶりを、じいさんにちゃんと見せてやれ」
「はい」
鼻をくすぐるお出しの匂い。
醤油ベースの野菜が沢山入った海鮮鍋だ。
おじいちゃんは、お魚が好きだったからきっと喜んでくれる。
「お待たせしました。こちらが取り皿になります」
テーブルに並べると、おじいちゃんは湯気のたつ鍋を見て、匂いを嗅ぐ仕草をした。
「いい匂いだな」
「小皿に取り分けてどうぞ」
半分ほど空いたお冷を追加し、頭を下げる。
おじいちゃんは小さな小皿に取り分け、何度も息で冷ましながら口に運んでいく。
「旨い。味はいいな」
「素材にこだわっているの。ここで使ってる野菜は全部無農薬野菜」
「ほう」
おじいちゃんが食べるのを、私は静かに見守った。