有害なる独身貴族
「一年前、そう言いたかったの。でも憎まれてるって思ったから言えなかった。おじいちゃんはあの家に居たかったんでしょう? 私と一緒に暮らそうよ。おばあちゃんの代わりにはなれないかもしれないけど、家事なら私が全部する。おじいちゃんの大事な場所、一緒に守りたい」
おじいちゃんは泣きそうな顔で、昔そうしてくれたように私の頭を撫でた。
「バカ。これから結婚するっていう娘が荷物を抱えてどうするんだ」
「荷物なんかじゃない」
「それに、もうあの家は売った。文彦はそういう手配ばかり早くてな。孫の私立中学の入学金に回したいんだそうだ。……ろくでもないよ。今の家だって、俺の年金もアテにしてローンを組んでる。俺があの家から消えたら困るのは文彦だ。そして、そういう息子にしてしまったのは自業自得だ。だから俺はつぐみとは暮らせない」
「そんな」
「……そんな家、でてこればいいじゃないですか。じいさんが一緒に住んでくれるなら、俺の仕事が遅い日だって安心だし」
橙次さんが、私の背中を撫でながら援護してくれる。でも、おじいちゃんは小さく笑うと首を横に振った。
「新婚夫婦にあてられるのはまっぴらだよ。その代わり、たまに食べに来てもいいか。ここに」
「そりゃあいつでも」
「……美味かった。久し振りにばあさんの料理を思い出したな」
しんみりと言うおじいちゃんを見て、私は思い立って煎茶を入れた。
おばあちゃんの入れ方。おじいちゃんの好きな温度。
記憶を頼りに思い出して、目の前に差し出す。
おじいちゃんは、一口含むと、泣き出しそうな顔で笑った。
「ばあさんの味だ」
「いつでも、淹れるから。私、ここで、おじいちゃんが来たら必ずこのお茶淹れるから。だから会いに来て」
我慢しきれずに泣きながら言ったら、おじいちゃんの皺のよった手が私を抱き寄せてくれる。
「……上手に甘えられるようになったんだな、つぐみ」
「うん」
「ばあさんに見せたかった」
私もそう思うよ、おじいちゃん。
もうそれは叶わないけれど、その気持ちを共有出来るだけで、凄く救われた気持ちがする。