有害なる独身貴族

その後しばらく思い出話をして、おじいちゃんはパンパンに膨れたお腹を抱えて帰っていった。

見送った後、ふたりきりになった店内で向かい合わせに腰掛ける。
橙次さんは頬杖を付きながら、もう片方の手を伸ばして私の目尻を拭いた。


「泣き虫」

「仕方ないじゃないですか、今日は」

「……いいじいさんだな」

「優しい人なんです。ただ、口調が厳しいので怖い印象ありますけど」


感謝を込めて、彼の手を握りしめる。


「おじいちゃんに会えて、本当に嬉しかったです。ありがとう、橙次さん」

「おう」


照れたように頭を書いた彼は、完璧に記入された婚姻届をひらひらと見せる。


「ところでこれ、いつ出しに行く? 片付けてから行くか?」


相変わらず気が早い。
すぐにでも動いてしまいそうな彼に、私はちょっと考えてから姿勢を正して言った。


「橙次さん」

「ん?」

「橙次さんのご両親に挨拶に行ってからです」

「はぁ? 面倒クセェよ」


不満そうな様子を隠しもせず言う彼に、私は毅然と言い放つ。


「面倒じゃないの。反対されても結婚はしましょう。でも、報告には行かないとダメ」

「どっちにしろするなら、先に出してしまえばいいじゃねぇか」

「それじゃあ気持ちが伝わりません」


ガンとしてそう言ったら、折れたのは橙次さんの方だ。


「お前は真面目だなぁ」

「橙次さんが不真面目なんですよ。いいからちゃんと連絡とって下さい」


彼にいうことを聞いて欲しい時は、数家さんみたいな態度をとるのが正しいらしい。
「仕方ねぇなぁ」と言って、彼はいそいそとスマホを取り出した。

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