有害なる独身貴族


「んー」


仲道さんが出て行ったのと同時に、再び先ほどの話題に戻る。


「まあ、でも、いい子だよな。房野さん」

「そうですね。やる気があるので助かります」


この三人になると、会話は殆ど俺と高間さんの間だけで過ぎていく。

馬場さんは聞いているのか居ないのか、静かに杯を重ね、表情だけが会話に加わる。
笑っているところを見ると、彼も房野にはそれなりに好感を抱いているのだろう。

と、店の扉が音を立てて開いた。何の気なくそっちを見ると、さっき出て行ったばかりの仲道さんが女性連れで戻ってきている。


「どうしたんですか」

「仲道さんナンパっすか」


俺と高間さんの軽口は、女性の顔を確認したところでピタリと止まった。

はっきりした目鼻立ちに、色素の薄い肌。長い髪をボニュームたっぷりに結い、胸元の開いたワンピースをコートの前合わせから覗かせているその人は、店長の彼女の茜さんだ。

そしてその彼女が、目を潤ませて俺たちを凝視している。


「茜さん?」

「泣いてたから……びっくりして連れてきてしまった」


仲道さんが困ったように言う。
茜さんは、途端に我に返ったように目元を拭い、いじらしくも笑ってみせる。


「やっだぁ。皆揃って飲んでたの?」

「茜さん座ってくださいよ。ほら」


仲道さんが座っていた席に彼女を座らせる。
彼女は戸惑った様子だったが、やがて観念したようにコートを脱ぐ。

花が咲いたかのようなその姿は、残念ながらこの店では浮いている。
カウンター客も一気にこちらに集中した。視線を感じた仲道さんが、盾になるように前に立つ。

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