有害なる独身貴族
「茜さんと橙次さんって、ヨリ戻したの?」
静かに飲んでいた馬場さんがボソリと告げる。
「どうなんでしょうね。でも他の女性が来ることもあるので、もう付き合ってはいないかも知れません」
俺の答えに、仲道さんが不思議そうに首を傾げる。
「なんであの人モテるんだろうな」
「モテるってか、便利だと思われてるだけじゃないのかな。内緒だけどさ、仕入れが多すぎた時とか、茜さんとこのスナックに料理差し入れしたりしてるらしいよ」
高間さんが小声で教えてくれる。
へえ、と皆で顔を突き合わせ、誰からともなく溜息を出す。
「ちなみに、数家はどうなの。房野のこと」
「可愛い後輩……ってのがしっくりきますね。どういうつもりでなのかは知りませんけど、店長って、房野のこと意識しているでしょう。それを思うと、自分とどうこうとは思えないかなー」
「そうだよな。意識してるのはバレバレだよな」
「あれで隠してるつもりなんだろうから笑う」
「自覚してないのかもしれないですよ」
「もしそうなら馬鹿だろ。三十九にもなって」
「いやあ、橙次さんは案外抜けてるからなー」
笑い出す高間さんと仲道さん。やっぱり俺だけではなく皆もそう感じてはいるらしい。
ひとしきり笑いが収まったころ、馬場さんがポツリと言った。
「……房野はどうなの」
「それなんですよねぇ」
一番困るのが、房野が店長に洗脳されたみたいに、その気になっていることだ。
しかしながら、俺の見たところ、房野は恋をしているわけではない。
そうしなければならないと思って『俺を好き』だと思い込んでいるように見える。
その証拠のように、誘われれば一緒に出かけるものの、二人きりになった時はいっそ三人でいる時よりも距離をあけてくる。
仕事中だって、職場の先輩後輩という距離感をきちんと保ってくれる。
だとすればこちらも邪険にするわけにはいかない。
「まあ、告白されてもいないのにどうこうするわけにもいかないので。現状維持ですよ」
そしてその宣言通り、次の春がくるまで、俺達の関係性はそのままだった。