有害なる独身貴族
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そして現在、房野は房野つぐみではなく、片倉つぐみとしてここにいる。
なんだか随分遠回りされたような気がするが、聞いてみれば色々な事情があったらしいので仕方ないのかも知れない。
要は店長はロリコンでしたっていうまとめでいいと思う。
幼く見える丸顔に満面の笑みを浮かべて、彼女――片倉つぐみが頭を下げる。
「色々ご面倒かけました」
「いえいえ。落ち着くところに落ち着いてもらって良かったよ」
正直、あれだけ頑なになっていた店長を変えたのはこの子の力だ。
俺が手助けしなくても、いつかは二人は心を通わせたのだろうと思う。
近道に誘導したのは、単純に俺が振り回されるのが面倒くさくなったからだ。
「それより、これから房野のことどう呼べばいいか迷うな」
胸につけているネームプレートは、既に【片倉】になっている。後輩とはいえオーナー夫人ともなれば軽々しく呼ぶのも気が引けるし、果たしてどうしたものか。
「女将さんとかかな」
「やだ、やめてくださいよ」
「でも片倉とは呼べない……呼びづらい」
「房野のままでいいですよ」
開店準備を終えた俺達が、テーブルに寄りかかりながらそんな話をしていると、聞こえていたのか厨房から馬場さんが出てきた。
「つぐみちゃん」
「え?」
大きな体から発せられた可愛らしい呼び方に、俺も房野も驚いて目を見張る。
「……で、いいんじゃない? それで橙次さんがヤキモチ焼けばいい」